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BLACK=OUT 2nd

第十二章第十一話:透過する青

 ライカが駆け寄り、征二を抱き起こす。征二にはまだダメージが残っているのか、少しふらついているようだ。
「——水島、さん……」
「来るな、征二」
 荒い息を吐きながら、ライカに肩を借りながら、それでも近寄ろうとする征二を、水島は強い口調で制した。
「全く、お前らは……ことごとく私の思い通りに動かんな。ああ、いいだろう、認めてやる。この戦闘はお前らの勝ちだ。腹を裂かれちゃ、俺はもう戦えん。このまま俺は失血死するだろう。だが——」
 水島の顔は青く、額にはいっぱいに汗が浮かんでいる。苦しそうに顔の半分を歪めながらも、もう半分で挑戦的に笑って見せた。
「これで私の勝ちだ。俺が死ねば解除キーは二度と手に入らん。早まったな征二。憎い相手だからって、殺していいことにはならねぇぞ」
「水島さん、僕は……」
「おっと、そこまでだ。お前と話すつもりはない。……くそ、頭がぼんやりしてきやがった。これ以上邪魔されたくねぇしな、ほら」
 水島がデバイスを操作すると、彼と征二たちの間に、幾本もの赤い光線が縦横に走った。
「触らん方がいいぞ。丸焦げになる。これは単なる高出力レーザーだからな、メンタルフォーサーだろうが関係ない。生き物であればな。……さて、俺はもう引っ込む。死ぬにしても、お前らに見られながらじゃ落ち着かん。俺は奥の部屋でじっくりと、勝利を噛みしめながら死ぬとしよう。これで、ゲームセットだ」
「水島さん!」
 征二の呼び掛けに応じず、水島は体を文字通り引きずりながら、奥の部屋へと消えていった。
「これ、何とか出来るでしょうか……」
 マークスが天井を見上げ、レーザーを解除する方法がないか思案するが、こういった類に詳しいわけでもない。メイフェルならあるいはどうにか出来るかも知れないが、彼女がここへ辿り着くより、水島が事切れる方が早いだろう。そうなれば、二度と解除キーは手に入らない。
「くそ、連隊長——ここまで追い詰めたのに!」
 ライカがどれだけ毒づき、水島の消えた奥の部屋への扉を睨み付けても、その扉が開く気配はない。最後まで水島にしてやられた。自分が負けたときのことまで想定して準備しているとは、思いもしなかった。ましてやメンタルフォースではなく、ただのレーザーフェンスに阻まれるとは。
 ここまでか。
 水島のあの様子では、あと、もって数分だろう。水島を説得する時間も含めれば、実質、もう負けたようなものだ。結局、全ては水島の計画通りに進んでしまった。もう、ここから出来ることなど、ない。
 虚脱が侵蝕する。そこには言葉も、身動ぎすらもない。希望はなく、さりとて現実を受け止めることも出来ず、ただ現代の千曳の岩を茫然と見つめるだけだ。
 何も出来ることは、
 ——何も、

 何か。

「僕が行く」
 声を上げたのは征二だった。その声はとても落ち着いていて、その目は何かを信じるようにただ扉の先を追っていた。
「征二? でもレーザーフェンスが……」
「うん、生身の人間はこの向こうに行けない。……生身の人間なら」
 ライカは困惑しながら首を傾げるが、マークスはどうやら征二の言わんとするところが分かったようで、驚きに目を見開き——そして悲しそうに眉根を寄せた。
「水島さん……まさか……」
「でも、僕には出来る。二年前、和真がそうしたように」
「和真? そうか、封神の力でシールドを張れば——」
 しかし征二は静かに首を振る。全人類の主人格を封じ続けるという過負荷の掛かった今の状態では、シールドを張る余裕すらない。
「僕を、僕の人格を、この体から解放する。精神体なら、このシールドを突破できるはずだ」
 ライカは一瞬、征二が何を言っているのか、理解出来なかった。しかし——明らかにマークスは理解している様子で、辛そうに下を向いている。征二と、マークスと——二人を交互に見る内、その意味するところがライカにも、じわじわと理解出来てきた。
「……嘘……」
 ライカは征二の肩に両手を掛け、揺さぶる。
「征二、そんなことをしたら、どうなるか分かってるよね。二度と体に戻れない。徐々に蒸発していって、最後は消えちゃうんだよ?」
「分かってる。でも、もうこれしか手がないんだ」
「やだ、いやだ。私は嫌だよ。征二がいなくなるなんて、そんなの!」
「本当は、もっと早くこうするべきだったんだ。この体は、僕のものじゃない。生きていても、死んでも、誰にも望まれていない僕は、だけど今なら意味がある。きっと僕は、このためにここにいるんだ」
「違う、そんなの絶対に違う! だって私には意味がある。征二が、あなたがここにいる意味は、私が——!」
「分かってる」
 必死に引き留めようとするライカに、征二は静かに笑う。
「でも、僕は二番目だ。それは変わらない。だからこれは僕にしか出来なくて、僕がしなきゃならないことだ」
 征二はそっと目を瞑る。和真、これが僕の答えだ。これが僕の戦いだ。
 ——いいんじゃねぇか、お前がそうしたいなら。
 暗闇の中で、もう一人の自分が、仕方ないと笑う。きっと彼は、半分は呆れて言っているんだろう。だけどそれでもいい。後のことは和真に任せよう。
 征二はゆっくりと、目を開く。
「行きます」
 体が一回り大きくなったような感覚。それと同時に、奇妙な解放感が広がっていく。征二の精神、人格が肉体から切り離され、別個の存在として自立する。
 眩い光が見える。あまりの眩しさに征二は目を瞑るが、光は消えてくれなかった。もう守ってくれる瞼はない。もう、人間ではなくなった。精神体となった征二は、本質的にはマインドブレイカーと同じものだ。こちら側のルールなど適用されない。
 光はどんどん大きくなる。大きくなって、小さく、不安定な征二を飲み込んでいく。いつしか感じていた重たさが、全て消えていることに征二は気付いた。自分が、光そのものになったような感覚。
 もう、眩しくない。
 目の前に自分の顔がある。その顔は呆れたように笑い、口を開く。
「よお、会うのは初めてだな。まあ当たり前っちゃ当たり前か。けどもうお前は俺じゃない。ようやくお前は、望んだものになれたわけだ」
「……和真」
 これが自分を苦しめた元凶か。顔は同じでも、全く似てない。征二はくつくつと込み上げる笑いを堪えきれず、肩を震わせた。何だ、こんなに似てない奴の影に怯えていたのか——何とも間抜けな話だ。
「じゃあ、行ってくる」
 征二はひょいとレーザーフェンスを潜る。赤い光線は征二を焼くことなく透過した。水島はこれを予想していただろうか? 水島のことだ、もしそうだとしても驚かない。
 征二は、水島のいる部屋に入り込んだ。

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