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BLACK=OUT 2nd

第九章第二話:征二の毒

 ライカ、セブンの二人が、庇うように前に出る。早すぎる発見は、彼らに混乱の暇さえ与えなかった。睨み合う両者。口火を切ったのは宮葉小路だった。
「ノースヘル、単刀直入に言おう。水島を返してくれ」
「断る!」
 ライカが睨む。愚問だ。征二とて、帰るつもりはない。
「このままでは、彼が危険だと言っているんだ。水島の様子がおかしいのは、お前たちも気が付いているだろう。このままでは、いずれ彼の精神は崩壊する。——BLACK=OUTに飲み込まれて」
「……何だと?」
 動揺するセブン。マークスから逃れた時の不可解な出来事が脳裏を掠める。
「あたしは、あたしたちは彼を失いたくない。だから征やんを引き渡して。こっちに戻れば、治療することだって——」
「治療ならコッチでだって出来るぜぇ、なあ?」
「そもそもBLACK=OUTに関する研究はノースヘルの方がずっと進んでおるはずじゃ。お主らに征二が救えるとは思えんの」
 二人に遮られ、神林は口を閉じた。事実、征二を連れ帰ったとしても治療出来る確証はどこにもない。
「ならなぜ水島を治療しない?」
 しかし、宮葉小路の口から出たのは意外な言葉だった。
「ノースヘルは水島の精神状態を把握しているはずだ。にもかかわらず未だ有効な治療を施していない。考えられる理由はふたつ。治療が不可能か、あるいはあえて治療していないか」
「待て、征二の精神状態とは何だ。先ほどの出来事と関係があるのか」
「お前たちは何も知らされていないだろうが、それは先日の戦闘で思い知ったはずだ。水島柾はお前たち末端の兵士に、何も情報を渡していない」
 宮葉小路に返され、セブンは押し黙った。連隊長であり征二の保護者である水島柾——真っ先にB.O.P.がマークするであろう彼の実家が、セブンと雅がインビジブル・マインドブレイカー作戦のために指定された拠点だ。なにひとつ知らされなかったセブンは、その事実を未だ他のメンバーに告げられずにいる。
「水島柾は、日向伸宏——和真さんのお父さんと親友だったそうです。水島さん、彼と初めて会った時のこと、覚えていませんか?」
 マークスに言われ、征二の脳裏にあの光景が再び蘇る。ベッドに横たわる自分、そして自分を知っているふうな水島。
 違う、そんなはずはない。あの記憶は何かの間違いだ。苦しみの中で生まれた幻覚にすぎない。
「それ以上——征二を惑わせるなあっ!」
 叫び、飛び出したのはライカ。瓦礫を蹴り、一直線にマークスへと踏み込む。その右拳にはメンタルフォースで作られた籠手。唸りを上げて迫る凶器を、同じくメンタルフォースで作られた刀、神林の心刀が受け止める。
「何なんだ……何なのよあんたは! 征二はただ自分を受け入れて欲しかっただけなのに! ただ自分の居場所が欲しかっただけなのに! 征二の名前を呼びながら、その後ろに別の人を見てるなんて最低だ! あんたが征二を苦しめて、あんたが征二を傷付けて、挙句征二を偽物呼ばわりして! 誰があんたなんかに征二を渡すか! 征二は私の、私たちの大事な仲間なんだ! あんたとは違う、私は何度だって呼んでやる! 征二の名前を、何度だって呼んでやる!」
 神林越しに吼えるライカの勢いに押されるように、マークスが一歩下がった。
「マリンフレア隊、戦闘開始を命じるッ! 征二の毒を、殲滅せよ!」
「っしゃーきたぜぇ、そう来なくっちゃなあ!」
 滅びた町に号令が響く。待ってましたとフォーが右腕を払った。彼の周囲を、数え切れぬ数の浮遊するナイフが埋め尽くしていく。
「ライカのムラっ気には困ったものだ、まったく。だがな——」
 セブンが踏み込んだ。地を這うように低く、肌を刺す冷気のように鋭い。それは一陣の風となって、競り合うライカと神林に迫る。振り上げられる白銀の剣。躊躇なく、神林の両腕を断たんと迫る。
 身動きの取れない神林は、しかし慌てることなく、僅かに身体の向きを変えた。半身に引き、心刀の角度をずらす。刃の上を滑っていくライカの拳。ライカと神林、二人の腕が交差する。
 ライカの腕を落とす直前で、セブンは剣を止めた。もつれ合う三人。状況は膠着から混乱へ、一瞬で変貌を遂げた。
 姿勢を崩したライカは、しかし空いている左手を振り回す。その裏拳が捉えるのは、あろうことかセブンの後頭部だ。しかしセブンは、攻撃で一度浮いた体を再び地に沈める。裏拳は紙一重でセブンの頭上を掠め、神林に迫った。反射的に身を引く神林だったが、触れたのは拳か、あるいは風圧によるものか、頬が僅かに裂け、鮮血が滲む。
「だが——こうなったライカは、強いぞ」
 ライカが、神林の横をすり抜ける。ライカが真っ直ぐ睨むのはただ一人。征二を苦しめ、壊し、惑わせる毒。何度も何度もノースヘルの前に立ち塞がる、最悪の少女。
 ——マークス=アーツサルト。
「まずい!」
「追わせるか」
 ライカを追おうとする神林をセブンが妨げる。スピードでは圧倒的優位に立つセブンを前に、神林はただ、その攻撃を凌ぐだけで精一杯だ。
「式!」
 宮葉小路の声に応え、四体の大鷲——彼の式神が、マークスに迫るライカを追う。
「さっせるっかよーん」
 式神の周囲を、いつの間にか複数のナイフが飛んでいた。宮葉小路とフォー、二人の式神が絡み合うように飛んでいく。
「その程度は見通している!」
 追加でさらに四体、今度は別ルートで式神を送り込む宮葉小路。ライカの足を止めれば、時間が稼げる。
 だが、足りなかった。一体につき六本、計四十八本のナイフが一瞬で大鷲を取り囲み貫く。大鷲が霧散した。式神八体は、宮葉小路が同時に操れる最大数だ。これ以上は、ない。
「出鱈目な……ッ!」
 宮葉小路が歯噛みする。これでも天然のメンタルフォーサーの中では、宮葉小路は式神使いとしてかなり上位だ。しかし式神の最大召喚数において、人工のメンタルフォーサーであるフォーには到底及ばない。数の差は、技量の差を補って余りある戦術のバリエーションをもたらす。
「なんじゃ、妾の出番はなさそうじゃの。あれだけ張り切るライカも珍しいわ」
 身体を低く、飢えた獣のような獰猛さでライカが疾駆する。その牙が一心不乱に狙うのはただ一点、獲物の首筋だ。
「お主の出番もなさそうじゃぞ。あれだけ接近すれば自ずから、テクニカルは制限されるしの。のう、征二。……征二?」
 振り返った雅が言葉を失う。そこには、苦しそうに口元を押さえる征二がいた。
「ど、どうしたのじゃ! 具合でも悪いのか?」
「嫌だ……いやだ……出て……やめ……」
 雅の目の前で、征二の体が崩れ落ちる。倒れながらもその視線は、ライカ達から離れない。
 少しの違和感。そして、征二の姿が、掻き消えた。

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