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BLACK=OUT 2nd

第七章第三話:黄昏のはじまり

 その日は、朝から騒がしかった。普段はラボセクションに引きこもって出てこない研究者達が皆、B.O.P.の搬入口に集まっている。グレーの作業着が慌ただしく動き回る中、輝くような白衣に身を包んだ彼らの存在は嫌でも目立った。整備士達の邪魔になってはいけないと前に出過ぎないように気を付けてはいるつもりだが、好奇心が先に立ってつい身を乗り出してしまう。
 彼らの視線の先には、一台の装甲トラックがあった。MFCなどの設備を運ぶためのもので、特に機密性の高い物を輸送する時に使われる特注品である。万が一にもノースヘルの手に渡ったら二年前の惨事を繰り返してしまいかねないような、いわゆるセキュリティ設備が、このトラックによって運ばれるのだ。だが、それだけならラボの研究員たちがこぞって見物に来るようなものではない。彼らの目当ては、それではなかった。
 大きな掛け声を合図に、一メートル四方ほどの木箱がトラックから運び出される。まだ、その中身を窺うことは出来ない。
「あれが西からの荷物ですか。思ったより小さいですね」
 白衣の一人、南方が興奮気味に隣の研究員に話し掛けた。
「話によると、ウチのMFCとサイズ的には大差ないらしい。西の人員と設備では解析出来なかったらしいが、もしこのサイズで実現したのならとんでもない話だ。研究者として、B.O.P.の沽券に関わる」
 言いながら主任研究員の中島もまた、知的好奇心から来る興奮を隠せないでいた。もしこれが「西」の言う通りの代物であれば、どのような原理で動いているのか、それすら皆目見当が付かない。
「メンタルフォースを相殺するのではなく、逸らすMFCって話ですよね。西が調べても再現されなかったとか。分解しても動作原理が不明だなんて、まるで現代のオーパーツですよ。一体どこの誰が作ったんでしょう」
 研究者として三十年以上やってきた中島が興奮しているのだ。まだ若い南方が前のめりになるのも仕方がないだろう。
「さあな、それはMFTの連中か、そうでないなら情報部の奴らの仕事だ。我々は我々の仕事をする。西の連中が匙を投げたのなら、それを拾ってやるのが総本部としての責務というやつだろう。これから忙しくなるぞ」
 慎重に、木箱が研究棟の中に運ばれて行く。荷物を見送りながら、中島は南方の背中を軽く叩いた。

「西支部から、例の荷物が届いたそうです」
 四宝院から報告を受けた宮葉小路は、そうか、と言って椅子に腰掛けた。ブリーフィングルームには、あとメイフェルがいるだけである。マークスは半日のオフ、神林と征二は模擬戦訓練のためバトルシミュレータにいるらしい。
「ラボの連中は張り切っていただろう?」
「そらもう。早速動かしてみたらしいんですけど、やっぱり再現されないようで、躍起になってます」
 四宝院が苦笑しながら答える。ことMFCに関してはB.O.P.を上回る組織など今までなかった。このままでは特殊心理学分野の草分け的研究機間の名が廃る、というのもあるのだろうが、外部からの刺激が新鮮に映ったという方が正しいだろう。
「必要あらばウチからメンタルフォーサーを出すと伝えておいてくれ。メンタルフォースの弾道が逸れるMFCというのなら、実際に近い状態でテストした方がいいだろう」
 了解しました、と四宝院が片手を挙げた。
「それと、水島さんの件なんですけど」
「――ああ。水島柾が日向博士と関係していた以上、彼はノースヘルと繋がっていると考えた方がいいだろうな。まだ分からないことはあるが……水島と水島柾の接触は、もうさせたくない」
「でもぉ、水島さんが納得しますかねぇ?」
 難しいだろうな、と宮葉小路が苦い顔をした。彼にとっては父親みたいなものだし、さりとて本当のことを話すわけにもいかない。正攻法で説得しようとするなら、日向のことも話さねばならないからだ。それは征二が拘っている、自己の否定に直結する。
「場合によっては水島を軟禁する必要が出てくるかもしれないな。あまりそういった手段は取りたくないが」
 軟禁、という言葉にオペレーター二人の顔が曇る。神林が言っていたように、そういった方法はB.O.P.のカラーではない。何より、たとえ人格が違うとは言え、彼はかつての仲間なのだ。四宝院もメイフェルも、これがきっかけでB.O.P.の有り様そのものが変質していくことを危惧していた。
「二人とも、そんな顔をするな」
 そんな彼らの心情を察し、宮葉小路は努めて明るい声を出した。
「マークスがBOBを使ったお陰で、奴らは迂闊に動けなくなったはずだ。ノースヘルの狙いが和真であっても、あいつはマークスの逆鱗だということも伝わっただろう。どういう手を打ってくるかは分からないが、少なからず計画の修正を迫られる。僕たちにとっては貴重な時間が得られた。水島については、そう急いで結論を出す必要もないさ。彼が納得する理由を考える時間くらいはあるはずだ」
 宮葉小路とて、強硬手段は避けたい。B.O.P.は研究機間であり、災害対策機関なのだ。軍のような組織に変えてしまうわけにはいかない。それはきっと、エレナは望んでいない。
 決して。
 宮葉小路が拳を固めた時、聞き慣れたコール音が狭いブリーフィングルームに鳴り響いた。時計を見ると定時報告の時間である。
「あ、マークスさんですねぇ」
「そのようだな」
 コール音の中、宮葉小路は立ち上がった。バトルシミュレータに、二人の様子でも確認しにいくことにしようか。どうするにせよ、征二とのコミュニケーションはしっかりととっておいた方がいい。
「しばらく任せる」
「了解ですぅ」
 語尾にハートマークを付けて、メイフェルが敬礼する。相変わらずだ、と苦笑して宮葉小路が部屋を出ようとした時、四宝院が素っ頓狂な声を上げた。
「マインドブレイカー!?」
 インカムに手を当てながら四宝院は、隣のメイフェルに目配せする。即座にコンソールを叩いたメイフェルが、困惑した表情で首を横に振った。
「こっちのセンサーには何も……そんなアホな……」
「どうした」
 只事ではない。室内に戻った宮葉小路のために、四宝院がインカムの通話をオープンに切り替える。
『サイコロジカルハザードです!』
 スピーカーの声は、オフで外出中のマークスのものだ。
『街の中にマインドブレイカーが出現、これは――感知出来ません!』

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