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BLACK=OUT 2nd

第七章第九話:悔恨の空

 水島の登場は、彼を除く全員にとって想定の埒外だった。もっともそれは立場の違いによって意味するものが異なるようだ。
「水島連隊長、征二を……ご存知なのですか?」
 驚くライカに、征二はなおも混乱する。
 ――ライカは水島さんを知ってる? それに連隊長って……。
 その場の空気も意に介さず、水島は事もなげに「ああ」と言ってのけた。
「黙ってて悪かったな。余計な気遣いをさせたくなかったんだ。こう見えて、公私はキッチリ分ける方でね。改めて紹介しよう。俺の息子、征二だ。既に知っている通り、訳あってB.O.P.に勤めている。こいつは優秀だぞ、家事は全般何でもこなすからな」
 ふざけたようにニヤニヤと笑うその顔は、間違いなく征二の知っている水島だ。それも、最高の悪ふざけを思い付いた時の。
「水島さん……ノースヘルだったの……?」
 だとしたらなぜ自分をノースヘルに入れてくれなかったのか。敵対組織であるB.O.P.に入るという征二を止めなかったのか。もし言ってくれたら――B.O.P.になど入らなかったのに。
「お前がメンタルフォーサーだなんて知らなくてな。それに、B.O.P.とはいえ、俺の助けになるために入ろうって言ってくれたのは嬉しかったんだぜ。お前をウチに誘おうかとも思ったんだが……やめた。お前は独立して俺の力になれる道を模索している。なら俺も、お前に道を押し付けず、お前が見て、考え、選ぶ余地を与えてやらないと、ってな」
 水島にはB.O.P.へ行く理由を言っていない。それでも彼はちゃんと分かってくれていた。そして征二のことを思い、一番いい選択をしてくれたのだ。
 そう、水島の選択は正しかった。確かに征二は辛い思いをしたが、それだけの価値があったと言える、言い切れる。
 自分にとって誰が大切か。自分を一番理解してくれるのは誰か。今ならそれを、迷うことなく口にすることが出来る。
「で、答えは出たか? 征二よ」
 答えるまでもない。征二はゆっくりと、道の先で待つ父へと歩を進める。
「待って! 待ってください水島さん! これは罠です、水島さんを利用しようというノースヘルの!」
「だったら、何?」
 後ろから聞こえるヒステリックな叫びに、征二は自分でも意外なほど冷たく返した。
「それは君たちだって同じだろ? 日向を失くした穴を僕で埋めようとした、そのために僕を犠牲にした。……もう、うんざりなんだ、日向の代わりは」
 そうだ、僕のいるべき場所はここじゃない、こんな所じゃない。何が間違いで、何が正しいか、ようやく分かったんだ。
 水島がノースヘルにいることが分かった以上、これ以上この檻にい続ける理由など、微塵もなかった。どれだけ呼び止めようとも、征二の足を止めるだけの力は、もうマークスにはない。
 カチリ、と音がした。
「動かないでください、水島さん。少しでも動けば、撃ちます」
 征二は立ち止まった。マークスの気配を背中に感じる。彼女は本気だ。征二が少しでも動けば、その時は容赦なく銃口が火を吹くだろう。
「君に僕が撃てるの? 撃てないよね」
「振り向かないでください! ――ええ、私にはあなたを……和真さんかもしれないあなたを撃つことは出来ません。でも――」
 背中に感じる殺意が、一際大きく膨れ上がる。チリチリと肌を焦がす闇は、マークスが根底に隠す情炎だ。
「俺なら撃てるってか。いや参ったね、俺はメンタルフォーサーじゃねえぞ。B.O.P.にその権限はないはずだがな」
 銃口は水島に向けられていた。ライカとフォーが庇うように前に立つ。だがマークスの銃撃は二人の壁の間隙を、いとも容易く抜くだろう。それを防ぐ手段は水島にはない。だというのに彼は、まるで恐れる様子もなく、やれやれと両手を持ち上げてみせただけだった。見ようによっては、挑発しているようにも見えるだろう。それだけ危機感に薄かった。
「だとしたら何だと? あなた一人、後からどうとでも出来ますよ。私の和真さんを奪っておいて、無事に済むとは思ってないでしょう?」
「俺は人質だろう? 俺を撃てば、征二がお前を許さないぜ。それは困るんじゃないのか?」
「試してみますか?」
 征二は直感する。マークスは本気だ。本気で水島を撃つつもりだ。
「水島さんを悲しませたくはありませんが、私にも順序は付けられます。和真さんを失うことと比べたら――比べるまでも」
 言い終えるまで待たず、ガウ、という音が無人の街に響く。マークスが放った銃撃であることは明らかで、そしてそれは真っ直ぐに水島の眉間へと進み――征二によって阻まれた。
「いい加減にしてよ」
 征二は振り向くことなく、ただ片手を持ち上げただけで、後ろからの銃弾を防いだ。必要最小限、手のひらの大きさのシールドは、ただそれだけでマークスの銃弾を掻き消す。水島を見ると、彼は目を細めて笑っていた。
「僕はもう、君の物じゃない」
 ようやく振り返って見たマークスの顔は、はっきりと傷付いていた。これでいい、これで僕はもう誰かの代わりじゃなく、水島征二に戻れる。
 満足して踵を返した時、耳元でコール音が鳴った。
『僕だ。ノースヘルのメンタルフォーサー二人を発見した。まだ確保までは至ってないが、残る二人が見当たらないのが気に掛かる。陽動を仕掛けてくるかもしれないから、もし遭遇しても相手にするな。すぐにこちらと合流してくれ。場所は――』
 宮葉小路の連絡を聞いて、征二は初めてその事実に気付く。そうだ、ここにはあと二人――セブンと雅がいない。あの二人は別行動で……いや、恐らくあちらがこの作戦の本命で、ライカたちは陽動だったのだろう。だとすると、ノースヘルはB.O.P.に感知されることを想定していなかったということだ。予定が狂い、本命の二人から目を逸らすためにライカたちがここに赴いたのだとすると――。
「マークス、宮葉小路さんにこう伝えるんだ。水島征二はノースヘルに奪われた。すぐにその二人を解放しろ。そうしなければノースヘルは僕を殺す、って」
 えっ、という驚いた声は、マークスとライカの二人から同時に漏れた。
「どういうつもりなんですか、水島さん。自分を人質にだなんて……それにノースヘルがあなたを殺せるはずが――」
「ない、と言い切れるかい? 忘れたとは言わせないよ。二年前、君たちの仲間を殺したのは、ノースヘルだ」
 マークスの目が泳ぐ。これは賭けだが、分の悪い賭けではない。マークスは万に一つでも、征二が死ぬ可能性を選択することは出来ないはずだ。わざわざライカたちが陽動に出たということは、きっとセブンたちは戦える状態にないのだろう。ならば今は、彼らの安全を確保する方が先だ。横目でちらりとライカを見ると、彼女は不安そうだった。安心しろというように軽く頷いて見せる。今はもう彼らが仲間だ。何としても彼らを守ろう。
 決断を迫るようにマークスを睨む。少女は悔恨に満ちた表情でインカムのスイッチに指を伸ばした。
「……水島さんが奪われました。その二人を解放しなければ、彼を――殺すと」
 上等だ。征二は満足して頷くと、ライカに目で合図を送る。察したライカはインカムで何かの指示を出した。多分、あの二人に撤退命令を出しているのだろう。
「これで僕たちは敵同士だ。次に会った時は、容赦しない」
「行かせると……思うんですか?」
「その時は、僕が死ぬだけだ」
 マークスは口を固く結び、銃を下ろした。その眦に涙が浮かんでいる。征二たちが背を向けても、マークスは動けなかった。彼らが遠ざかり、無人の街に一人取り残されても。
 やがて遠い道の果てにその姿が見えなくなった頃、マークスは崩れるようにその場に座り込んだ。天を仰ぎ、赤子のように大声で泣き喚く。どれだけ泣き叫んでも征二にその声は届かず、征二はその姿を見ることはなかった。

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