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BLACK=OUT 2nd

第九章第六話:条件式

 その場にいた全員が、思わず顔を見合わせた。日向がこういった冗談を口にするタイプだとは、誰も思っていない。
「まさかぁ、またそっくりさんでぇ、実は日向さんじゃないんじゃないですかぁ?」
「せやな、俺もなんか怪しなってきたわ。宮葉小路さん、脳波測定の準備してきます?」
「ああ、頼む」
「待てお前ら」
 隣のマークスは顔を真っ赤にして俯いている。どうやら誰一人正しく伝わっていないのだということを知り、日向は深くため息をついた。
「いいか、あの状況で俺の人格が下層に封じられる。新しく生まれる人格はそれまでの記憶がない。俺が発見されるのは第三ビル。なら、発見するのは間違いなくノースヘルの人間だ。新しく生まれる人格の記憶がないのをいいことに、ノースヘルが都合良く俺の主人格を操ろうとするのは目に見えてるだろ。下手すりゃお前らと敵対することだって考えられる。そこまで予想出来て、俺が手を打たねぇわけねぇだろうが」
「——じゃあ」
「封神の力の『封じ』の術式には、解除条件の設定が出来るんだ。何も設定しなけりゃ半永久的に封印されたままだが、代わりに自由に呼び出せる。解除条件を設定した場合は、その条件が満たされた時に呼び出されるが、それまで絶対に解除出来ない」
「はいはーい! 全然わかりませーん!」
 神林が、にゅっと右手を挙げる。日向は、今日何度目かのため息をついた。
「お前は一応、神林流心刀の継承者だろうが」
「しょうがないじゃん、あたしもお母さんも封神の力なんて使えないんだもん。厳密には神林流心刀は途絶えたの」
「わーってるよ、言ってみただけだ」
 口を尖らせる神林に日向は肩を竦める。
「そうだな、たとえばお袋は、自分自身と俺の記憶、そして俺の封神の力を封じた。その鍵は俺のBLACK=OUTだ。俺のBLACK=OUTが発現することを条件に封じられていたから、あの後俺の記憶は戻った」
「なるほどな」
 宮葉小路の指が眼鏡を押し上げる。
「つまりお前は、何らかの条件を設定することで、封印の内側からそれを解除することを可能にした、と、そういうことだな?」
「さすが宮公、話が早いぜ。その通り、んで俺の設定した条件ってのが、『マークスの身に危険が及んだ時』だ。ま、概ね俺の読み通りに事は進んだな」
 日向が指をパチンと鳴らした。
「えー、酷くない? あたしと利くんはどうなってもいいわけー?」
「お前ら三人のうち誰かが、みたいなややこしい条件式を設定してる時間はなかったんだって。ただでさえあん時は封神の力を使いこなせてなかったし、他にも色々術式組んでたからな」
 ニヤニヤと笑いながら絡んでくる神林に、日向は渋い顔で答える。事実だが、その上でマークスを選んだ理由は確かに贔屓と言えなくもなく、その点で日向は少しばつが悪い。
「あの時は、ということは、今は封神の力を使いこなせているということか?」
 その気持ちを察してか、宮葉小路が話を変えた。
「ああ、当然だろ? あれから二年だぜ? さっきα区で見せたみたいに、瞬間移動の真似事だって出来る」
「そうそう、それですぅ、どうやったんですかぁ? 物理的な移動でもないしぃ、『封神の力』のぉ、呼びの術式は使えませんよねぇ?」
 二年前、崩れ落ちる第三ビルからマークスたちを逃がしたのは、日向の封神の力だ。彼女たちを封じ、任意の場所に呼ぶことで空間の移動を可能にした。しかしその方法は、移動させる対象に日向が入っていなかったから出来たことだ。術者である日向が封じられてしまえば、「呼び」の術式を使うことも出来ない。
 移動先までの空間を封じれば短時間で長距離の移動は可能になるが、少なくとも一歩分は、自分の足で移動する必要がある。記録された映像を見ても、日向にその様子は見られない。
 何より、封神の力を行使した時特有の発光現象が、あの時は見られなかった。日向が封神の力を使ったかどうかすら怪しい。
「ま、タネを明かせば大したことねぇ話なんだがな。俺自身を封じて、別の場所に呼び出すだけだ」
「でもそれじゃあ……」
「焦んなよメイフェル。さっき言ったろ? 条件式を設定しておけば、封印の中からでも解除は可能なんだよ。俺は俺自身が封印されることを条件に、封印の解除を指定したんだ。俺は封じられた瞬間に呼び出される。指定しておいた場所にな」
「そこまでの汎用性があるのか……条件式に使えないことはあるのか?」
 宮葉小路が興味深そうに身を乗り出した。元々ラボに顔を出すことも多かったためか、琴線に触れたらしい。
「封神の力っつってもメンタルフォースだからなぁ……術者が起こらない、あり得ないと認識しているようなことは、条件式に使えないな。実際それが起こり得るかどうかってのは関係ない。あり得ない話でも、あり得ると思ってれば指定出来るし、十分あり得ることでも、あり得ないと信じていれば指定出来ない」
「光らなかったのは何でなんですかぁ?」
「ちょっとした応用だ」
 日向が得意そうに笑う。
「封神の力で封神の力を包むんだ。外側の封神の力は起動式として内側の封神の力をコールバックさせる。術式そのものはB.O.P.でも使ってるやつと同じだ。封神の力もメンタルフォースだろ? 既存の式は十分使える」
「なぁるほどぉ、封神の力が発動することを条件にぃ、別の封じの術式を作動させてぇ、発生した光を封じてるんですねぇ」
「奇襲が要だったからな。いかにもって感じで光っちゃ意味ねぇから」
 言ったとおり、日向は封神の力を使いこなせるようになっているようだ。しかしだからと言って、今彼が置かれた状況が好転しているわけではない。日向が表に出ている以上、彼の精神の分裂は進行していく。それに——。
「征やんは……どうなるの?」
「俺が表に出てきたことで、多分あいつも俺の存在を認識したと思う。いや、俺の持っている記憶も共有してるだろうな」
「そっか……つらいね、征やん」
 神林の表情が曇る。
「どうするかは、あいつが決めることだ。どのみち、俺が出ていられるのは明日の朝までだからな。その後のことは、征二に任せるしかない」
 日向の封印は、解除されてから十二時間後にもう一度同じ術式が再帰呼び出しされるように組んである。日向の人格の崩壊を最低限にとどめるためだが、それでも彼の寿命を削っていることに変わりはない。
 少なくともB.O.P.のメンバーにとっては、日向の所在と現状は明らかになった。だが、それだけだ。

 キャンドルライトの暖かい光が、仄暗い部屋の中に浮かんでいる。部屋の隅に置かれたベッドに飛び込み、マークスは枕をぎゅっと抱き締めた。
 ——和真さんが生きてた。和真さんと話せた。和真さんに触れられた。
 夢の中のような、ふわふわとした心持ちだ。二年間、ずっと求めてきたことが、不意に実現した。
 日向の生存を信じていたことは嘘ではないし、諦めていたわけでもない。それでも、こんな急に日向と再会出来るとは、思っていなかった。
 明日の朝までは、日向は日向でいてくれる。「その時」を過ぎれば、また征二に戻るのだろう。それが残念ではないと言えば嘘になる。
 だが、日向がどこにいるか分かったのだ。征二の影で、ずっと見ていてくれたことも分かった。それは日向が生き延びるための選択で、そうまでして生き延びてくれたこと自体が、マークスは嬉しいのだ。
 だから、待とうとマークスは思う。自ら動き回る時は終わった。どうなるかは分からないが、ゆっくりと、来るべき時を待とう。須くそうあろう。
 マークスが枕に顔を埋めたちょうどその時、呼び出しのアラームが鳴った。枕から顔を上げ、ディスプレイに表示された名を見て心臓がとくんと跳ねる。慌てて飛び起き、髪を直しながらドアに向かった。二度、大きく深呼吸してドアを開く。
「悪りぃな、こんな時間に」
 そこには、日向が立っていた。

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