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BLACK=OUT 2nd

第七章第一話:残滓

 目の前に血だまりが広がっていく。崩れ落ちる身体。必死に手を伸ばすも、それは届かず逃げていく。
「利光……」
 褐色の肌が、血に染まる。その少女は、ただ悲しそうな目でこちらを見ていた。
「助……けて……」
 宮葉小路は必死に少女の名を呼び、遠く闇の中へ吸い込まれていく身体を掴もうと足掻く。——届かぬ声に、歯噛みしながら。
「エレナ! エレナ——!」
 死なせない、死なないでくれ。僕はもう、二度と——。

 何かを叫び、目が覚めた。
「利くん!? 大丈夫?」
 サイドスタンドに照らされた神林が、心配そうに宮葉小路の顔を覗き込んでいた。
「みこ……と……?」
「すっごいうなされてたよ。嫌な夢でも見たの?」
 ああ、とだけ答えて、宮葉小路は荒い息を整えた。全身が汗に濡れて冷たく、気持ち悪い。額を手のひらで拭うと、こちらも汗だくだった。
「なんでも……ない……大丈夫、大丈夫だ」
「……エレナさんの夢?」
 遠慮がちに言った神林を、宮葉小路は驚いた顔で見る。神林は唇を噛み締めて「名前、呼んでたから」と、その理由を伝えた。
「……ああ。たまに、見るんだ。あいつが死んだ時の夢。夢の中であいつは僕に助けを求めて……でも僕には、何も……出来なくて……」
 苦しい。あれからもう二年以上経つのに、この痛みだけはいつまでも忘却されることなく、宮葉小路の胸の中にある。
 ——忘れることなんて、出来ない。
「あたしじゃ——」
 そんな宮葉小路の手を握り、神林が悲痛な面持ちで呟いた。
「——まだ、エレナさんの代わりにはなれないんだね……」
 その表情は、いつも明るいムードメーカーである彼女とはかけ離れていて。
「……そういうのじゃない。そうじゃ……ないんだ……」
 宮葉小路も、何と応えていいのか分からず、ただそう言うしかなかった。
「シャワー、浴びてくる」
 ベッドに神林を置いて、シャワールームへ向かう。

 寒い。

 更衣室の扉を閉じて、宮葉小路は部屋の壁を叩く。奥歯を噛み締め、言いようのない苦しみに耐えながら。
 ——僕には、何も……。

 エレナ=フォートカルト。MFTの元リーダー。二年前、任務中に死亡した、宮葉小路のかつての恋人。
 彼が、守れなかった人。

 朝食を食べ終えたタイミングで、デバイスに通知が入った。情報部からである。
「相変わらず利くんは食が細いなぁ。ちゃんと朝ごはんをしっかり食べないと大きくなれないぞ!」
「ああ、心配なく。成長期はとっくに過ぎているんでね。命こそ、そんなに食べてたら太らないか?」
「あ、あたしは運動量が全然違うからっ! ……え、太ってない、よね?」
 慌てて腰のあたりを気にする神林に苦笑しながら「ああ」と答えていると、マークスがトレーを持って現れた。
「おはようございます、宮葉小路さん、神林さん。……今日は随分早いですね」
 これから朝食らしいマークスに相席を促すと、マークスはにっこりと笑って神林の隣に座った。
「ええ!? ちょっとマークスちゃん、いつもこれだけしか食べてないの?」
「はい、朝はあまり入らなくて」
「ダメダメ! ダメだよマークスちゃん。もっと食べないとおっぱい大きくならないぞ」
「き、気にしてるんだから言わないで下さい。それに私だって、ちょっとは大きく……」
 楽しそうで何よりだが、この話題では宮葉小路は入りづらい。仕方なく宮葉小路はさっきデバイスに入った報告に目を通すことにした。内容は——
「水島柾の……調査結果」
 宮葉小路の呟きを拾って、じゃれあっていた二人の動きがぴたりと止まる。
「……情報部から上がってきた。周辺への聞き取り調査の結果、水島柾と日向伸宏は——親友同士だったそうだ」

 朝早くの電話で征二は起こされた。デバイスに表示された名前を見ると、水島からである。
「おはよう、水島さん。こんな朝早くにどうしたの?」
『おお、悪い悪い、寝てたか? いやな、お前最近全然家に顔出さないから、忙しいのかと思ってよ』
 そういえば、最近オフは全部ライカと会っていた。だが水島のことだ、女の子と会っていたなどと言えば、からかわれるに違いない。どう言い訳しようか、と口どもる征二だったが、水島はお見通しだったようだ。
『はっはーん、その反応を見るに女だな? そうだろ? いっちょまえに色気付きやがって。B.O.P.の娘か? お前結構面食いだからどうせ可愛い子選んだんだろ。おい、ちょっと紹介しろよ』
「ちっ、違うって。そういうんじゃないよ!」
『誤魔化すな誤魔化すな。いやあ嬉しいねぇ、孫の顔を楽しみにしてるぞ』
 電話の向こうの水島は、本当に楽しそうである。
『ま、それは本題じゃねぇんだ。お前、今日はオフか?』
「ごめん、今日は仕事なんだ。水島さんは今日休みなの?」
 水島が「おう」と答える。
『久々だし、お前の彼女と三人でメシでもどうかと思ったんだがな。仕事ならしょうがない。今度にするか』
「……水島さん、休みなのに仕事に行くつもりでしょ?」
『うっ……だってなぁ、家にいてもやることねぇし……』
「駄目だよ水島さん、休む時はしっかり休まないと。体壊すよ」
 やっぱり、思った通りだった。征二は苦笑しながらも注意しておく。仕事が半分趣味みたいなところがあるので、家にいた頃も度々こうして注意していた。
『相変わらず小姑みたいな奴だな、お前は。とりあえず分かった、と言っておくよ』
 それじゃあまた、と電話が切られる。しばらく会ってないので、内心寂しいのかもしれない。
(今度のオフは家に帰ろうかな)
 通話を終えたばかりのデバイスを見つめながら考える。
 ——彼女、か……。
 ライカとはそういう関係ではないけど、征二にとって大切な人だ。ライカがどう思っているのかは、分からないけど。
 起き上がり、窓の外を見てみる。
 そこには白い霧が、重く立ち込めていた。

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