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BLACK=OUT 2nd

第十二章第七話:あんたは今、その岐路にいる

 征二たちが去った後、ホールは奇妙な沈黙に支配されていた。セブンは近衛の亡骸を抱いたまま、征二を追うようなこともなく、ただ地面に座り込んでいる。それは、まるで静かに語らっているような——慈しんでいるような、そこだけ別の時間が流れているようで、決して二人を邪魔できない、してはいけないという、そんな気分にさせた。だから——
 ——だからライカは、まだここに立ち尽くしている。
 フォーも、回廊から見守っているだけで、直接手を出しては来ない。表情から、もう戦意なんて残っていないことは明白だ。そしてそれはセブンにしても同じで、いや、セブンの方が、より重傷だろう。彼の心は、もう完全に折られてしまっている。
 ライカだってそうだ。仲間が、死んだのだ。
 戦いに来た。なら、こうなることは明白だった。だけど、どこか甘く考えていたのだろう。自分がいれば、きっと通してくれると。そのために自分がいるのだと。
 だがそうじゃなかった。近衛は征二に牙を剥き、征二が近衛を手に掛けた。それは全く想定の範囲外で、殊の外ライカを動揺させた。
 ——どうして、気付かなかったんだろう。
 奈落の底で自問する。自分たちは、ノースヘルだ。命令は絶対、死よりも優先する。そして征二たちも退けない理由がある。その両者がぶつかれば……どちらかが死ぬことになるのは、分かり切っていたのに。
「ねえねえライカ。この二人はどうして動かないの? 仲間が一人殺されたからって命令を放棄するような連中じゃないでしょ、ノースヘルって」
 特に声を潜めるでもない神林の問いは、きっと二人の耳にも入っただろう。それでも、セブンもフォーも、何も反応を見せなかった。空気を読まない暴言にライカは眉を顰めるが、ここで黙っていたら次はさらに大きな声で、何を言うか分からない。神林の暴言に傷付きたくはないし、セブンたちも傷付けたくない。仕方なく、ライカは大きくため息をついて、じゃじゃ馬娘に向き直る。
「命令は、征二を通さないことです。征二を通してしまった以上、任務は失敗ですよ」
「なるほどー、そういうことか。機械みたいな連中だね」
「あ……あなたは、あんたは!」
 放られた爆弾で、ライカの頭に血が上る。ふざけるな、機械みたいだと? お前に目ん玉は付いてないのか。もしも彼らが機械だというなら、あそこで雅を抱きかかえている男は何をしてるっていうんだ。ノースヘルをどう言おうと、そこにいる者たちを——仲間を喪った者たちの悲しみを土足で踏みにじることだけは許さない。決して、赦せない。
「あれが機械に見えるって言うの? 悲しんでいないと、傷付いていないとでも? 私たちは仲間を喪った。悲しくないわけがないでしょう?」
「私『たち』?」
 神林が意地悪そうに笑って、小首を傾げてみせる。
「ライカ、あんたは彼らを裏切ったじゃん。あの子は彼らの仲間で、もうあんたの仲間じゃない」
「ち、違う、私はみんなを裏切ったわけじゃない! 私は、私はただ、征二を助けたかった、守りたかっただけ。命令は無視した、ノースヘルは裏切ったかも知れないけど、チームのみんなを裏切りたかったわけじゃない!」
「なら今からでもノースヘルに戻りなよ。ただここで突っ立ってるだけのあんたとか、いてもいなくても変わんないから」
 ライカは悔しそうに顔を歪めた。戻れるわけがない。自分でも分かっている。少なくとも彼らにとって、自分はもう裏切り者で、仲間ではないのだと。だけど、それでもライカの中では、皆大事な仲間なのだ。その仲間を侮辱されることだけは、我慢ならない。
「あー面倒くさい。いい? あたしはこういうまだるっこしいの嫌いだから、はっきり言ったげる」
 神林が、顔をぐいっと近付ける。
「あんた、何しにここに来たの? 何で征やんがあの娘を殺したか、本気で分かってないの? 戦う以上、誰かが死ぬことになるのは分かってたはずで、征やんはあんたにその負い目を負わせたくなかったから、自分がやったんじゃん。一時的でも征やんにとってもあの娘はチームメイトだったわけで、辛くないわけない。さあ、そんであんたは何をした? 何してる? もうあれだけ傷付いた征やんがまだ更に負い目を背負って、あんたはここで嘆いてるだけか!」
 神林の言うことはいちいちもっともで、ライカは一言も返せない。
 分かっている。征二が自分の代わりに道を切り開いたのだということを。自分を守るために近衛を殺す役割を受けたのだと。征二にはそれだけの覚悟があって、自分にはなかったのだと。
 分かっている。分かっているけど——
 直面した現実は、なぜこうも、どうしようもないのだろう。
 はあ、と神林が大きなため息をつく。
「あんたにはがっかり。あんただけは、ちゃんと征やんの味方になれるって思ったのに」
「私は征二の味方だよ! 味方だけど、でも仲間が死んで、もうどうしたらいいか分かんなくて、それがおかしいことなの?」
 神林の動きがぴたりと止まった。ゆっくりと持ち上げられた顔は、いつも明るい神林とは思えないほど暗く、表情がこそげ落ちていた。
「あたしたちは、みんな、仲間を失ってんだけど?」
 そうだった、とライカは己の失言に気付く。日向は彼らにとってのかつての仲間だし、彼以外にも二年前に、あるいはそれ以前に死んだ仲間がいたはずだ。そういう意味での日向は特殊な立場かも知れないが、征二に対して複雑な感情があることは否めまい。それを圧してでも、彼らは征二のバックアップを選んだ。なら——なら、私は、何だ。
「あたしは和真を二度失った。利くんは三度も仲間を失った。マークスちゃんは肉親と恋人を失った。誰だってそう、もし戻れるなら、今すぐに戻って、きっとその別れを回避する。あんたは今、その岐路にいるんだ。仲間を失って嘆いて、立ち尽くすことで何を失うのか考えろ。あんたはそれでいいの?」
 征二を、失う。
 それは何よりも恐ろしく、きっと耐えることの出来ない痛みだ。もし征二を失うのなら、何のために自分はここに来たのだ。征二を失いたくないから一緒に来たのではなかったか。
「私は……」
 選ばなくてはならない。どちらもは選べない。なら自分は、どちらを選ぶ?
 ——愚問だ。その選択は、もうしたはずではないか。
 ライカはノースヘルの仲間より、征二を選んだ。だからここにいる。これが選んだ結果だというのなら、せめてその結末を全うしなければ、何もかもが嘘になってしまう。
 それが、近衛の死に対する、自分の責任だ。
 ライカは顔を上げた。ぐっと睨み付けるのは、征二の消えた廊下の先。仲間の死が重く絡み付く脚を、前へと一歩、全霊込めて運ぶ。一歩ごとに重たい闇は薄れ、ライカを前へと運んでいく。
「征やんを、よろしくね」
 どこか寂しげな声にも振り向かず、ライカはそっと頬を拭った。

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