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BLACK=OUT 2nd

第七章第六話:計画の途上

 コール音が左耳の奥で鳴った。セブン=オーナインは慣れた手付きでインカムのスイッチを叩く。
「俺だ」
『セブン、B.O.P.に感付かれたわ』
「何だと?」
 セブンの眉が吊り上がる。作戦開始から十八時間、あと少しで完遂されると確認した矢先の出来事だ。
「どういう意味だ、ライカ。このマインドブレイカーは感知不可能じゃなかったのか」
『私に訊かないでよ。どこで嗅ぎ付けたか知らないけど、ついさっきγ区にサイコロジカルハザード発生宣言が出たわ。すぐにMFTもそこに来る』
 ライカは相当慌てているらしく、いつになく早口でまくし立てた。
「それで、こちらはどうすればいい」
『雅ちゃんはいるわね?』
 ああ、とセブンは、傍らの雅を横目に見ながら答えた。雅は予定にない通信にトラブルを感じたらしい。目の上で切り揃えられた前髪の向こうで、大きな目が何事かと問うようにこちらを見上げている。
『私たちもすぐに出るわ。合流まではB.O.P.との接触は避けて』
 セブンと雅はγ区にある廃屋のひとつに潜んでいた。雨戸も全て閉じて外から見えないようにしている。計画が中途の今、迂闊に姿を晒すわけにもいかない。自然、この廃屋に閉じ込められた形になる。
「こちらに来るつもりか? B.O.P.に見付かるリスクが高過ぎる」
『そっちにB.O.P.が行かなければ問題ないわ』
「同じことだ。俺たちの関与が疑われれば、インビジブルマインドブレイカープランは簡単に阻止される」
 コントロール可能なマインドブレイカーを実現したのは、その内部、行動基盤に簡単なルーチンを仕込むことに成功したからだ。これによって常時制御が必要だった式神をスタンドアローン化し、一般的なマインドブレイカーと区別出来なくした。インビジブルマインドブレイカーは、いわばその発展型、内部に周囲のメンタルフォースを位相反転させるシステムを組み込んだ、ステルス性の高いマインドブレイカーである。自己放出するメンタルフォースを隠すため、従来のセンサーでは感知出来ない。
『こちらでコントロールドマインドブレイカーをばら撒くわ。順序が違うけど、ブラフにはなるはず。パンデミックまではあとどれくらい?』
 三十分といったところか、と時計を確認して答える。本当の目的――広範囲サイコロジカルハザードの人為的発生を覆い隠すために、囮として普通のマインドブレイカーを使うのは悪くない案だ。恐らくB.O.P.は、企みがばれたので計画を変更したと思うだろう。だが――
「お前たちが接敵したとして、俺たちがいないことを不信に思う可能性が高い。こればかりはどうしようもないぞ」
『連隊長が出るって。今まで彼らと接触したことのない、私たちの親玉だからね。そのインパクトで押し通すしかないでしょ』
「連隊長が?」
 確かにそれなら、自分たちがいない不自然も誤魔化せるかもしれない。しかしそうなると別の心配も出てくる。連隊長が今まで戦場に出なかったことには理由があるからだ。
「大丈夫なのか? 連隊長は……メンタルフォーサーじゃないだろう」
 司令部にいて指示を出すだけならば、メンタルフォースが使える必要はない。だが戦場に出るとなれば話は別だ。特に、あのマークスのような鬼神を相手にしようと思えば、並のメンタルフォーサーであってもまるで歯が立たないことは明らかである。
『私とフォーで何とかするしかないじゃない。大体、止めようったって止まりはしないわよ、あの人は』
「違いない」
 今後の対応について簡単に打ち合わせ、セブンは通信を切った。それを待っていたように、雅がセブンの裾を引っ張る。
「何ぞ、不味いことでもあったか? 不穏な名が聞こえたが」
「B.O.P.が嗅ぎつけたらしい。囮として連隊長が出る。ライカとフォーがその護衛、目くらましにコントロールドマインドブレイカーを展開する。俺たちはこのまま、ここで作戦を続行だ。パンデミックまでは保たせる」
「厄介なことになっておるのお。妾も消耗しておる。作戦終了後も、奴ら相手に戦闘は難しいしの」
 雅がやれやれ、とため息をついた。十八時間の間、自身の精神力を切り離してマインドブレイカーを作り続けた雅に、もう戦うだけの力は残っていない。護衛役のセブンは温存しているが、正面切って戦うには準備不足と言わざるを得ないだろう。パンデミックまで保てば、その混乱に乗じて全員が安全に撤退出来る。
「俺たちがやるべきことは変わらん。疲労も蓄積しているだろうが、お前の働きが分け目となる。頼むぞ」
「うむ、心得た」
 雅が任せろとばかりに胸を張った。
「なに、妾が動けなくなったらセブン、お主がおぶってくれるのであろう?」
「冗談でもやめろ」
 セブンは渋い顔で、意地悪そうに笑う雅を手で追いやる仕草をした。どうにも女性は苦手で、どう扱っていいか分からない。雅なら辛うじて大丈夫だが、それでも直接触れるのは極力避けていた。気心の知れた仲とはいえ、どこまで踏み込んでもいいのか、その境界は甚だ不確かで、いつもその曖昧さから逃げてしまう。
「しかし、このタイミングで奴らと接触とは……ライカは大丈夫かの?」
「青のことか?」
 恋愛沙汰に疎いセブンでも、ライカが征二に好意を寄せていることは知っている。ライカに限って翻意することはないだろうが、雅はどうやら心配なようだ。
「――ライカには辛い結末を迎えることになるかもしれないが……俺たちには他に帰る場所なんてない。そうだろう?」
 セブンやライカだけではない。ノースヘルで戦うメンタルフォーサーは皆、ラボで生み出されラボで育った消耗品だ。たとえ自由を束縛されていなくても、他では生きていけない。どうやって生きていけばいいか、分からない。自分の存在意義、生まれた理由。それがノースヘルにある以上、ノースヘルとは即ち自分自身なのだ。ノースヘルを出ることは死ぬことと何も変わらない。
「……そうじゃな」
 雅は少し寂しそうな顔をして、作業に戻った。
 セブンは小さく嘆息すると窓際に寄り、外光が細く差し込む雨戸の隙間から外の様子を窺う。その目が、驚きに見開かれた。
「なぜ……」
 思わず口走るなど、表面的な感情に乏しいセブンらしくないことだ。その異変に雅が身体を硬くする。セブンの眉が、僅かに悔しさを滲ませて顰められた。
 雨戸の向こう、門扉の前に、不敵な笑みを浮かべる宮葉小路と神林が立っている。

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