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BLACK=OUT 2nd

第十一章第五話:果たされた約束

 失ったものは戻らない。
 どれだけ願っても、どれだけ祈っても、どれだけ憎んでも、どれだけ呪っても、その事実はいつまでも横たわり、残された者を苦しめる。
 そう、何をしたって戻らないのなら。

 せめて、二度と同じ苦しみを繰り返さない世界を。

 ノースヘルの、自分のオフィス。連隊長室に、水島の私物はほとんどない。多くはα区のアパートに置いてある。かつて失った家族の写真を始めとした思い出の数々も——そこにある。あのアパートにいるときと、オフィスにいるとき。オンとオフははっきりと分ける方だと、自分では認識している。
 征二を引き取るまで、アパートに帰ることはほとんどなかった。それほど仕事に没頭していたのだ。いや、家族を失った苦しみを、仕事に没頭することで埋め合わせていたのかも知れない。そして、征二に会うことも仕事の一部だった。征二を懐柔出来れば、封神の力を自由に出来る。
 気掛かりなのは、BLACK=OUT化した日向がどう動くかだ。こればかりは読めないし、いざとなれば征二を押しのけて、彼が表出するかもしれない。意識階層のマインドプロテクトがないのは、ノースヘルでも確認済みである。
 幸い、ノースヘルで開発中の新型MFCが使えそうだ。メンタルフォースに反応し、その効果対象を書き換えてしまう、全く新しいMFC。征二が封神の力を使えば、MFCがその対象を書き換え、全人類を対象に主人格を封じてしまうだろう。
 ここでひとつの問題が生じた。解離性同一性障害により、征二の無意識がメンタルフォースの存在を認識していなかったことだ。このままではいくら待っても、封神の力を自由に引き出せるようにはならないだろう。
 そこで水島は、自分の配下を使って機会を作った。B.O.P.のメンバーは常に監視している。征二の行動範囲内のMFCを反応させ、見回りに来たマークスと接触させた。同時に母体も接触させ、征二にメンタルフォースとB.O.P.、両方に接点を持たせたのだ。
 目論見は上手くいった。征二はB.O.P.に加わり、水島が与えた敵との戦闘でメンタルフォースと封神の力に体を慣らしていったのだ。マークスたちB.O.P.の面々は日向を知っている。征二が彼らに反発することは必至だ。いずれ征二を手元に戻すために、ライカを征二に接触させた。ライカを通じてノースヘルと接点を持った征二の前に、完璧なタイミングで自分が姿を現せば、必ず征二は戻ってくるだろう。
 戻ってきた征二は封神の力をある程度引き出せるようになっていた。しかし自由に能力を引き出すためには、征二自身が日向の存在を認識する必要がある。征二を失ったマークスが暴走することは目に見えていたし、彼女に征二をぶつければ、引っ込んで出てこない日向を引きずり出すことも可能だろうと読んだ。
 目論見は上手くいき、日向は目覚めた。信じていた自我が嘘であることに、その根拠であった水島が嘘をついていたことに、征二が耐えられるわけがない。逆上した征二が水島に封神の力を使ったとき、水島は新開発のMFCを使って、その対象を書き換えた。対象は全人類の主人格——それは、全人類のBLACK=OUT解放を意味する。この愚行は、一時的に世界中を覆う破滅的なサイコロジカルハザードを引き起こすだろう。だが、その先に待つのは安息と平穏の日々だ。もう、この苦しみから、人類は解放されても良いだろう。
 ライカが征二を連れて出て行くことは想定できたが、放っておいた。封神の力は、水島が設定した内容でロックされている。たとえ日向でも、この効果を解除は出来ない。
 恐らく、ライカはB.O.P.に行くだろう。征二を救うには、それしか方法がないからだ。だがB.O.P.にしても、特別な解決策を持っているわけではない。であれば、彼らはここへ——水島と戦いに来るより、他はない。それ以外に手掛かりなど、何もないのだから。
 今回の件は一切上に伝えていない。上層部が知っているのは、日向の別人格である征二の身柄を、水島が保護者として預かることで封神の力を使える素体を確保するということだけだ。実際の運用も、工作も、そしてこのサイコロジカルハザードですらも、全て水島の独断で行ってきた。今は突然の災害にノースヘル内部は混乱しているが、いずれ落ち着いてくれば水島の仕業だと気付くだろう。そうすれば自分は処分される。——それまで、主人格が保たれていれば、だが。
 この騒動でノースヘルの部隊はほぼ全て、災害対策に駆り出されている。今、残っているのは水島配下の部隊の一部——フォー以下三名の小隊と、自分だけだ。ここへ乗り込んでくる征二たちを阻むものは、そう多くない。
「もう一度……戻ってくるのか、征二」
 誰もいない部屋で、ひとり暗がりに語りかける。水島は静かに目を閉じ、椅子の背もたれに体重を預けた。ぎっ、と軋んで背もたれがたわむ。仰いだ天井は飾り気もなく、いつものように水島を見下ろしていた。
 ここから先は、ゲームだ。
 メンタルフォーサーではない水島が、征二やライカたちに勝てるだろうか。使える武器は新型MFCと——
「いざという時は、あれの出番か」
 メンタルフォーサーといえど、人間には違いない。勝てないまでも、負けない選択肢は存在する。
「日向……俺はここまで来た。ここまで来てしまった。BLACK=OUTに呑まれたお前じゃなく、正気の俺が到達したんだ。……もう、十分だろう。あとがどうなっても、俺を責めるなよ」
 壁に据え付けられた、アンティークな時計がこつこつと時間を刻む。もうすぐ、日向伸宏の息子がやって来る。

「行こう。私が連れて行く。どこまでだって、私が」
 迷いなく言い切るライカに、征二は微笑んで応えた。ライカがいてくれるなら、これほど心強いことはない。
「水島柾が封神の力の解除キーをそう簡単に教えてくれるとは思わないが、彼から聞き出すより他はない。だが、聞き出せる人がいるとしたら、水島君……君以外には、いない」
 宮葉小路が立ち上がり、開け放ったドアのそばにもたれ掛かっている征二へと歩み寄る。
「僕たちも行く。警備のメンタルフォーサーは、僕たちが排除しよう。……すまない、全てを君に任せる」
 もう一度、ノースヘルへ——水島の元へ、戻る。水島と対決して、全部に決着を付けるために。
 自分の武器だと思っていた封神の力は、もう使えない。負荷が高すぎて、これ以上余計な力を使えば、その場で倒れてしまいかねないからだ。何の武器もない自分が、それでも戦うと決めたのは、何だか奇妙なことで——でも、それは自然なことなのかも知れない。
 きっと、今行かなければ、ずっと後悔するのだから。

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