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BLACK=OUT 2nd

第十章第三話:彼岸花

 その爆弾に、ライカは我が耳を疑った。
 処分? 処分とはどういう意味だ。いやその前に、征二が日向であることを知っていたとは? なぜそれを隠す必要があった?
 混乱した思考の端に、征二の姿がよぎる。
 ——そうだ、征二は……。
 ゆっくりと振り返る。征二は、青い顔で震えていた。
「処分……って……」
「最早お前を生かしておく理由はなくなったということだ。このままお前を放置してB.O.P.に囲われても困る。封神の力を利用出来ない以上、お前には死んでもらうのが我々にとっては最善だ」
 どこまでも冷酷に、水島が言い放つ。ライカは、目の前が暗くなっていくのを感じた。止めないと、このままでは征二が水島に殺される。
 ライカは必死に口を開けるが、しかし声は出なかった。息が出来ないかのように喘ぐだけで、言葉が出てこない。
 もしここで水島に異を唱えれば、それは明確な反逆だ。征二と同じく、ライカもまた居場所を失ってしまう。ノースヘルで生まれ、ノースヘルで育ったライカは、いわばノースヘルの部品だ。故障品として外されてしまえば、もう二度と動くことは出来ない。
 ——結局は。
 自分もまた、水槽を出ることが出来ないのだ。水槽を出て、それでも生きていける魚などいない。征二はその水槽から放り出された。それは即ち、死ねということだ。ライカが水槽の内側から、苦しむ征二に胸を痛めても、救いの手を差し伸べる力はライカにはない。少しでも逆らえば、水島はライカも容赦無く水槽の外へ放り出すだろう。
 それは、怖い。
 自身の根源が、一斉にそう叫ぶ。
「冗談、だよね、水島さん」
 征二の声が震えている。泣きそうな顔で、ほんとうに、最後の希望に縋り付く。
「いいや、冗談じゃない」
 対する水島はにべもない。
「嘘だ……嘘なんでしょ?」
「お前にそれだけの価値があるか? 私が欲しいのは、思い通りになるお前だ」
「嘘だと……言ってよ、嘘だって、だって、水島さんは、僕の——!」
「和真の代わりでしかないお前が、何だ?」
 どこまでも無慈悲で、冷酷な現実。狭い室内が、征二の絶望に塗り込められる。ライカが声を掛けようと征二に手を伸ばした時、征二の口から、絶叫が迸った。心を切り刻むような咆哮に、ライカが両耳を塞ぐ。部屋のガラスが、ビリビリと反響した。
「あなたは、僕の、僕が——!」
 その意思を直接向けられているはずの水島は微動だにせず、ただ冷たく征二を眺めている。動かない水島と荒れ狂う征二。二つの温度の狭間で、ライカはどうしたらいいかも分からず、ただ身を縮めるだけだった。
「何も出来ない、そして、何でもない。私にとってのお前はもう、何の価値もない」
 征二の中で、何かが弾けたようだった。涙を流しながら、水島にボールを投げ付けるように構える。その右手は白く輝いていた。
 ——封神の力。遍く全てを封じる、日向の能力。征二がシールドとしてしか発現出来なかった力を、初めて刃として、親と慕った水島に向けている。水島は動かない。あれに触れたら、どんなものでも消されてしまう。
「征二、だめ!」
 ライカの必死の制止に、しかし征二は答えない。ただ叫び、己の力をぶつけようとするだけだ。征二はそのまま、封神の力を解放する。
 水島に向け、一直線に伸びる白い奔流。水島を飲み込もうと牙を剥くそれを目の前にしても、彼に逃げる様子はない。代わりに——ポケットから取り出した、拳大の箱をコトリと机の上に置いた。その瞬間。
 確かに水島に向けて放たれた封神の力は急に軌道を変え、水島が置いた箱に吸い込まれていく。やがて吸い込まれた光は細い無数の線となり、宙へ、空へ、何処かへと、蔓が伸びるように絡み合い、そして方々に咲き乱れる。その中の一本は水島へ、また一本はライカへ、別の一本は呆然と立ち尽くす征二へと伸び、その胸の中へと消えて行った。残った線は天井をすり抜け上空に昇り、やがて四方に散っていく。もしもこの様を遥か空から見ていたならば、まるで白の、極めて巨大な彼岸花の咲いたようだっただろう。
「どうして……みずし、ま、さ……」
 征二が倒れた。ライカはすぐさま駆け寄り、征二を抱き起こす。征二は完全に意識を失っていた。
「ライカ、そいつを部屋まで運んでおけ」
 水島は、倒れた征二を気にも留めず、机の上の箱を再びポケットへ仕舞った。
 ライカは迷う。水島を止めるなら、もうこのタイミングしかない。せめて征二の命だけは助けてもらわなければ、このまま征二が殺されてしまう。
 だが——。
 ここまできて自分の身を可愛く思うことが憎らしい。水島は征二を騙していた。征二の寄せる信頼を土足で踏みにじり足蹴にした。そのことはライカにとっても許し難いことなのに、それでも同じように不要だと切り捨てられることを恐れている。
「征二を……処分、するんですか?」
 結局——精一杯が、これだ。悔しくて、情けなくて、征二を抱く腕にどれだけ力を込めようと、何も出来ない不甲斐なさは変わらない。
「いいや」
 しかし、返ってきたのは意外な返事だった。ライカは聞き間違いかと顔を上げる。
「我々の作戦目標は達せられた。たとえB.O.P.が征二を得たとしても、もう止められない。もう、征二を殺す理由はなくなった」
 ライカはこの作戦の最終的な目標を聞いていない。だが、この僅かな時間の間に、何か進展があったとも思えなかった。
「我々の目的は最初からひとつだ。全世界の、全人類のBLACK=OUTの解放——そのためのお膳立てはたった今、終わった。後は時間の問題だろう。征二は、良くやってくれたよ」
 ライカは水島と、腕の中で気を失っている征二を交互に見て、そして悟る。水島の目的はこれだったのだ。この一瞬のために征二を引き取り、裏切った——征二と、そしてライカたちを、思い通りにコントロールしながら。きっと征二をB.O.P.に送ったのも、水島の計画通りだったのだろう。
 征二が初めて遭遇した「髪の母体」。あれはB.O.P.の、個人での戦闘能力を測るという目的で、ライカたちが用意したものだ。ターゲットに選ばれたのはマークスで、タイミングを計り実行を指示したのは水島。そこに「偶然」征二が居合わせたことで、B.O.P.は征二を獲得するに至った。
 B.O.P.で征二は日向と比べられ、自分の居場所はここではないと強く思い込む。それまで以上に、水島に依存する。その過程は、他でもないライカが一番知っていた。ライカこそが、B.O.P.に行って情報を得辛くなった征二の、情報の橋渡しをしていたのだから。
 今思えば、それも水島が指示したことだった。「誰でもいい」と言っていたが、既に面識のあった征二を選ぶことは明らかだっただろう。そもそもライカがβ区に取り残され、征二と接触することまで水島が折り込んでいたとしたら——。
 全部、水島の手のひらの上で、そうと知らずに踊らされていただけだ。最初から、最後まで。
 ライカは、水島の背中を睨み付ける。水島は目的を達した。全て思い通りにコントロールしてみせた。だが——

 これからは、別だ。

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