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第五章第四話:瓦礫の街

 耳をつんざく警報の中、征二たちはブリーフィングルームに駆け込んだ。サイコロジカルハザードの発生を報せる警報。これが鳴るのは、緊急出動を意味する。
「ブリーフィングを行う。四宝院、状況を」
 早口の宮葉小路にはい、と応え、四宝院が前に出た。
「五分前、α区のMFCが異常なMFアトモスフィアを検知しました。反応は広範に渡り、マインドブレイカーの数は特定出来ていません」
「メイフェル、現時点での分析結果を」
「そうですねぇ」
 コンソールに座り、現在進行形でデータ分析を行っているメイフェルは、のんびりした口調とは裏腹に驚異的な速度でパネル操作をしている。瞳に映る光の筋は、滝のようにスクロールしていく文字列だ。
「まだ何とも言えませんけどぉ、マインドブレイカーにしてはなぁんかオカシイんですよねぇ。動きに規則性があるというかぁ、同じ意志の元で動いてるような感じですぅ」
 改めて反応分布を確認するが、征二にはメイフェルの言う違いが分からない。しかしそれは征二に限った話ではなく、その場にいるメイフェル以外の全員が同じであるようだ。
「マインドブレイカー以外の可能性はありませんか? 例えば……メンタルフォーサー」
 マークスが手を挙げる。恐らく誰もが考え、口に出さなかった可能性。口火を切ったのはやはりと言うべきか、マークスだった。視線だけで問い掛けた宮葉小路に対し、メイフェルはディスプレイから目を離すことなく小首を傾げて答えてみせる。
「ゼロとは言いませんけどぉ、可能性は低いですねぇ。もしこれがメンタルフォーサーならぁ、彼らはここでメンタルフォースを使ってることになりますぅ」
「α区って、ほぼ廃墟だからねぇ。今更あんな所で何かを壊して回ってるって考え辛いし。住んでる人だって殆どいないし、崩落の危険があるから誰も近寄らないしね」
 神林が腕を組んでうーん、と唸った。
「分かんない! 征やん、パス!」
「って、ええ!? 僕!?」
 突然振られた話に面食らいつつ、征二は頭に浮かんだ疑問を口にする。
「母体の反応はあるんですか?」
「今んトコですけど、母体らしき反応は確認されていません。δ区ん時と同じですね」
 四宝院の言うことが事実なら、δ区の事件と今回の災害はよく似ているということか。――ノースヘルの関与した「事件」と認定された、あの戦いに。
「δ区事件との類似があるなら、同様のケースだと考えた方がいいだろう。いや、もっと直接的に、ノースヘルが絡んでくる可能性もある。対人戦も視野に入れておいた方が良さそうだ。B.O.P.MFTはこれよりα区へ戦闘出動、確認されているMFアトモスフィアの原因を調査しこれを取り除く。戦闘対象はマインドブレイカー及び敵性メンタルフォーサーを想定する。以上だ」

 輸送車両に揺られること十数分、征二たち四人はα区へ降り立った。
 B.O.P.設立の切っ掛けとなったサイコロジカルハザード。多くの死者を出したこの災害で、その大部分が廃墟と化したこの地区は、今もまだそのまま放置されている。崩れたコンクリート、剥き出しの鉄筋、飛び出た配管。居住区として整備されていた面影はそこになく、時折吹く風の巻き上げる灰塵が、より一層陰鬱とした寂寥を強くさせる。
「相変わらず、ここをどうするか決めかねているようだな、お役所は」
 何十年か前、この国が大きな区画整理をした際、地区ブロックによってその土地の利用目的を定め、同時に地区ごとに別の役所が管轄するようになった。居住区であるα区は国民生活省の所轄だったが、サイコロジカルハザードによって街が破壊された後、ここを再び居住区として利用することに反対する声が多かったらしい。空いた区画があるとなれば欲しくなるもので、どの役所もこぞってα区の確保に手を挙げた。何度となく議会の俎上にも載ったが答えは出ず、僅かとは言え被害を逃れ、今もまだ住人が残っているエリアもあることが話をさらにややこしくさせる。結果的にまだα区を何処が管轄するかの答えは出ておらず、旧来管轄権を持っている国民生活省が引き続き管轄権を獲得出来る可能性は極めて低い。いつ他省に奪われるか分からない地区の整地のために国民生活省が予算を執行することは当然消極的で、他省にはそもそも整地のための予算執行権限がない。そのため災害から何年も経過した現在に至るまで、この廃墟は放置され続けてきたというわけだ。
 征二は周囲を見渡す。煤けた瓦礫の隙間から、いくつもの影が見え隠れしていた。
「……いますね」
 征二だけでなく、他の皆も気付いたらしい。神林が一歩前に踏み出し、マークスは腰のホルスターから銃を抜いた。
「まずはこいつらを狩って回る。束ねている奴がいるならいずれ出てくるだろう。――式!」
 宮葉小路の呼び掛けに応えるように、一羽の鳥が彼の右腕に止まる。大鷲サイズのそれは、宮葉小路の式神。彼のメンタルフォースで紡がれた、人工のマインドブレイカー。
「マインドブレイカーの気を引いて一箇所に纏めろ。僕のテクニカルで殲滅する」
 主の命令に呼応するかのように、式神が一声高く啼く。放たれた一矢のように鋭く滑空する式神を目で追いながら、宮葉小路は残像が残るほどの速さで記述詠唱を始めた。
「のんびりやっていくつもりはない。影に何者かがいるのなら引きずり出す!」
「足を止めないで! 周りの敵を倒しながら真ん中まで突っ込むよ!」
 走り出した二人の向こう側で、マインドブレイカーの群れが爆ぜる。宮葉小路の目論見通り、彼のテクニカルは多くのマインドブレイカーを巻き込んだ。巻き込みきれなかった残敵がぽろぽろと、豆粒のこぼれるようにこちらへ向かってくる。それは端から、神林の心刀に薙ぎ払われて霞と消えた。
「宮葉小路さん、左から新手です! 神林さんは引き続き前方を守って下さい!」
「僕が行く!」
 敵を宮葉小路に近付けさせない。彼が詠唱を終えるまでの間は僕が守る。征二は右手にソーサーを具現化し、先頭のマインドブレイカーに投げ付けた。もんどり打って倒れた敵に、追撃のテクニカルを撃ち込む。連続で攻撃を受けたマインドブレイカーは、反撃することも出来ず霧散した。
 行ける。感じた手応えは確かなものだ。征二は、次の敵にソーサーを投げた。

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