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BLACK=OUT 2nd

第七章第七話:インビジブル

 逃げ場などなかった。宮葉小路が笑った次の瞬間、セブンの目の前で朽ちかけた雨戸が砕け散る。宮葉小路の式神だ。セブンは雅を背中に庇うのが精一杯で、易々と二人の侵入者を許した。計画は、失敗だ。
「何故だ……」
 セブンは呻いた。
「何故、ここが」
 好戦的に口の端を吊り上げる神林が、メンタルフォースの刀、心刀を構えて二人ににじり寄る。既にほとんどの力を使い果たしている雅を守りながら戦える相手ではない。セブンは歯噛みした。
 ライカから報告があったのはついさっきだ。彼女はB.O.P.の動向を逐一チェックしていた。万が一彼らが動いても、先んじて手を打てる布陣を敷いていたし、事実ライカは速やかに対策を立てたはずだ。なのになぜ彼らがここにいる。しかも、こんなに早くに。
「――なるほど、ここで式神を作っていたか。いや、術者との接続は感じられなかった。独立型の式神だな。随分手の込んだ真似をしてくれた」
 宮葉小路が部屋の中を一瞥しただけで看破する。いや、いつからか、どこからかは分からないが、見通されていたということか。侮れない相手だと思っていたが、その程度の認識しか持てていなかったのだと否応無しに思い知らされる。
「おお、さっすがメイフェルちゃん、ドンピシャじゃーん。下調べが効いたね、利くん」
「答えろ! 何故ここが分かった! お前たちに……お前たちに分かるはずなど……!」
 宮葉小路は落ち着いた様子で眼鏡のブリッジを指で押し上げる。レンズの奥の瞳は何かを探っているようで、セブンは言い知れない不安に襲われた。退路はなく数の不利、そして敵の考えが読めないのでは、一切の行動は束縛される。せめて会話から糸口を掴まねば、このままここで頓死するしかない。
「難しい話じゃないさ。このエリアにスキャンをかけた。いくつかあった怪しい場所の中にここがあったからな。物は試しと踏み込んでみたら案の定だ」
「スキャンだと? 見えるはずがない、このマインドブレイカーは――」
「周囲のメンタルフォースを位相反転することで自己放出するアトモスフィアを相殺、感知出来なくする……だろう?」
 セブンは言葉を失った。B.O.P.がインビジブルマインドブレイカーの存在を知ったのはついさっきのはずだ。なのにもうその仕組みまで知られている。それはあまりに不可解で、セブンの理解の範疇をゆうに越えていた。
「ならば話は簡単だ。このエリアに特定の波長のメンタルフォースを放って、その干渉波を測定すればいい。見えないマインドブレイカーがいる場所だけ、反応が消失するはずだ。そしてその消失反応の根源……それがここだった。大した話じゃないが、しかし面白いことが分かったよ。どうしてわざわざ、こんな真っ先に調べられるような場所に潜んでいたのか不思議だったが……そうか、何も知らされてなかったんだな」
 話す間にも神林がジリジリと距離を詰めてくる。その分だけセブンと雅は壁際に追い詰められ、残りの猶予を削られていく。
「どういうことだ。この廃屋に何がある?」
 神林が正面、宮葉小路が部屋の出入り口を押さえている。雅と連携出来れば突破出来なくもないだろうが、セブン一人、しかも雅を守りながらでは無理だ。せめて見付かるのがもっと早ければ雅も戦えた。最悪のタイミングで、想定されていなかった場所で発見されたのは、見積もりが甘かったとしか言う他ない。
「ここは水島柾が住んでいた家だ。僕たちはずっと彼をマークしていた。この家も当然調査したことがある。礼を言うよ、これで彼の関与が決定的になった。彼の名に聞き覚えはあるかい?」
 宮葉小路の口から出た名に、セブンは動揺した。ありとあらゆる疑念が一瞬のうちに脳裏を埋め尽くし、結果的にセブンの冷静な思考力を奪う。きっとそれは表情に出ていたに違いない。宮葉小路は満足そうに頷くと、耳元のデバイスに手を触れた。誰かに――恐らくはB.O.P.本部に、今の話を伝えるつもりだ。
「どうするのじゃ、セブン」
 背中の雅が、セブンの裾を引っ張り小声で尋ねる。
「妾も限界が近いが、目くらまし程度の風なら起こせる。そのまま気を失うやもしれぬが、その時はお主に抱いてもらう他ないじゃろな」
 口調こそいつものように軽いが、その表情は明らかに不安が隠しきれていなかった。滅多に見せない顔を見て、セブンは雅の提案を却下する。自分に課せられた使命は雅を守り抜くことだ。その雅に無理をさせるなど許されない。何より自分が許さない。決意しセブンは死を睨む。
 B.O.P.の術式と違い、ノースヘルで運用されている術式は小回りや応用が利かない代わりに極めて速く詠唱出来る。テクニカルでこの部屋の天井を崩せば、二人は対応せざるを得ないだろう。立ち込める粉塵で視界を奪えば身を隠せるし、式神も無力化出来る。入り口と窓を押さえられたとしても、背後の壁をぶち抜けば外に出られる。
 上手くいく保証などない。神林が落ちてくる天井を避けずに突っ込んできたら、それだけで破綻する杜撰な計画だ。だがその不確定要素に賭けるしか、他に手段は残されていない。
 覚悟を決め、セブンが息を吸い込む。
『セブン、聞こえる? すぐにそこから撤退して』
 耳元でライカの声がした。声に焦りはなく、どことなく明るい。
「それは難しい。B.O.P.に居場所がバレた。碧と朱に追い詰められている」
 言って気付いた。宮葉小路の口ぶりから察するに、セブンたちがここに潜んでいることは半ば予期されたことだったはずだ。ならばなぜ、ここに征二とマークスがいないのか。
 ちらりと宮葉小路を窺う。インカムに手を当てたまま、硬い表情で立ち尽くす姿がそこにあった。
『B.O.P.に気付かれたの? どうして――いえ、今はいいわ。なら何とか間に合ったということね。いい? こちらには切り札があるわ』
 ライカの提示した切り札はセブンにとって全くの想定外で、束の間思考が停止する。先程から色々なことが立て続けに起こり、状況を正しく認識するだけで精一杯だ。
「それは本当なのか? いや、事実だとして、こいつらが俺たちを見逃す理由になるか?」
『それだけ重要ってことよ。でもハッタリはかましてね。足元を見られたらお終いだわ』
「分かった、やってみよう」
 通信を切る。宮葉小路も通信を切ったようで、神林を呼び止めていた。隠しきれない焦燥感は、ライカが言った切り札に関係があるのか。
 ――多分、無関係じゃない。
「どうやらそちらにも連絡が行ったみたいだな。形勢逆転というやつだ。さて、どうする? 俺たちは――」
 余裕を演出しろ。彼らにとっては、それだけの価値のある存在のはずだ。
「俺たちはたった今、水島征二を確保した」

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