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BLACK=OUT 2nd

第三章第二話:単独突入

 β区とα区の境界で征二は立ち止まった。まだB.O.P.のメンバーは、誰も到着していない。本部からここまで、少なくとも二十分は掛かる。デバイスでマークス達の位置を確認すると、それでも近くまでは来ているようだ。
 ーーあと五分といったところかな?
 征二は、道路脇に立てられたポールを見上げる。そこには、直径二十センチほどのパラボラアンテナが設置されていた。普段意識することは少ないが、これこそがサイコロジカルハザード発生時にマインドブレイカーの拡散を未然に防ぐ結界、MFCである。
 特定の波長を持つマインドブレイカーは、他の波形を持つもの同様、正反対の波長をぶつけることで相殺するという特徴を持つ。それを利用したのがこのメンタルフォースコントローラー、略称MFCだ。各区毎をブロックに分け、そのエリア外へのマインドブレイカーの拡散を防ぐ画期的な装置で、サイコロジカルハザードが社会問題化し始めた時期に、多くの人命を救ったと言われる。物理的な障壁と違い、作動してからでも自由に市民が脱出出来るため、住民の避難が始まると同時に効果を発揮させられることが利点だ。
 欠点として、物理的な存在である母体の移動を制限することは出来ない。だが一度に複数の母体が発生することは稀であるし、おおよその位置は本部でトラッキングが可能だ。四宝院たちが何も言ってこないところをみると、少なくとも母体はまだβ区にいるのだろう。
 四宝院は単独でのβ区への侵入は避けろと言っていた。入隊間もないどころかこれが初陣となる自分が下手に突っ込むべきでないのは確かだろう。宮葉小路たちが到着してから突入するべきだ。
 そして、その宮葉小路たちは今どこにいるのか。デバイスから確認しようと画面を点けた時、誰かの声が聞こえた。
 征二は、はっとして顔を上げる。微かだったが、声は確かに聞こえた。それも、目の前にあるMFCより向こうーーβ区の方から。
 慌ててデバイスを確認する。まだ宮葉小路たちは到着しない。声の主は別人だ。なら、この状況で誰がいるというのか。
 征二は青くなった。逃げ遅れた人がいる。
 宮葉小路たちを待つか? だが彼らを待っていては手遅れになるかもしれない。一刻を争う状況かもしれないのだ。
 ーー考えている暇はない。
「こちら水島。β区内から逃げ遅れたと思しき人の声が聞こえた。これより救助に向かう!」
『え? ちょ、ダメやて水島さん! 初陣なんやし単独は危ないって!』
 インカムから四宝院の慌てた声が聞こえるがもう遅い。征二は、声が聞こえた方向へと駆け出していた。後で何を言われるか分からないが知ったことか。助けられる人をむざむざ見殺しにするより、よっぽどマシだ。
『うわ、ホンマに入ってもた! 戻って下さい水島さん! 宮葉小路さん、水島さんが』
『聞いている。水島君、単独で動くと言うのなら、少なくとも自分の身は自分で守る、その最低限の能力はあると考えているのかい?』
「はい」
 即答する。母体には以前遭遇したし、今ならシールド能力も自由に使える。遅れを取ることはないだろう。
『ならやってみるといい。こちらも到着次第、合流する』
「分かりました!」
 走りながら、声の出どころを探る。聞こえた声はそれほど大きくなかったが、そんなに遠いとも思えない。近くにいるはずだ。
 しばらく近辺を探したが見付からない。もしかしたら、探している間にもっと遠くに行ってしまったのかもしれない。β区から出ていれば安心だが、もしも母体に追われて奥に追い込まれてしまっていたとしたらーー。
 だとしたら、見付けるのは不可能に近い。
「……いや」
 考えろ。
 征二はデバイスの画面を叩く。表示されたのはこのβ区のマップだ。
 もしも母体が動いたのならセンサーに痕跡が残るはずである。大まかな位置しか分からないが、それでも判断する材料にはなるだろう。
 マップにセンサーから得た情報を重ねる。細かい発光点は恐らくマインドブレイカーによるものだろう。点在する場所と集中する場所が何箇所かある。その集中するエリアが母体が今いるか、あるいは通過した場所だろう。
「この近くにいたんだとしたら……」
 ある程度推測は出来る。母体に追われたなら、発光点の集中するエリアの先にいるかもしれない。
 征二はデバイスを切ると、顔を上げた。目の前の道路は、β区を南北に貫く大きな道路だ。普段は車も多い通りだが、今は一台も通っていない。
 ーー逃げるとしたら……。
 征二は、目に入った脇道に走った。
 ーーこんな広い道路は、選ばない。
 追われた人間は、心理的に狭い方を選びがちだ。実際には広い方へ逃げた方が有利な場面が多いのだが、慌てていると冷静な判断が下せない。
 いくつかの角を曲がり、より狭い道へと進んで行く。こっちに逃げたという保証はどこにもない。もうとっくに区外へ逃げているのかもしれないし、反対側へ逃げたのかもしれない。
 見付けられないかもしれない。だけど。
(見付けられるかもしれないんだ。助けられるかもしれないんだ!)
 小さな商店の角を曲がり、狭い路地へと足を踏み入れる。

 そこには。

「あ……」
 大きな鞄を抱えた、少女が立っていた。
「逃げ遅れたの? 大丈夫?」
 征二の掛けた声に反応したのか、少女が振り返った。勝気そうな目が、こちらを見ている。
「……あんたは?」
「僕はB.O.P.のメンバーだよ。声が聞こえたから、逃げ遅れた人がいるんじゃないかと思って」
 へえ、と少女は言った。
「MFTの隊員なんだ?」
 少女がこちらに向き直る。ノースリーブのシャツに膝丈のカーゴパンツという、活動的な格好だ。
「まあ、一応」
「一応?」
 少女が眉を顰める。
「何だよ、はっきりしないな」
「し、新入りなんだよ」
「ふぅん……ま、いいや」
 少女はニッ、と笑うと、鞄を肩の高さまで持ち上げて見せた。
「コイツが重くて逃げ遅れちゃってさ。β区の外まで護衛して欲しいな。天下のB.O.P.なんだから出来るよね、新入隊員でも」
「大丈夫だよ、ちゃんとβ区外まで送り届けるから」
 そう言って征二は笑って見せた。ここからなら、それ程遠くはない。

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