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BLACK=OUT 2nd

第一章第二話:察知

 水島さんは下がっていてください、と言って、マークスが一歩、前に出る。その両手にはいつ取り出したのか、二丁の拳銃。
「すぐ、終わらせます」
 いい終わるより速く、続けざまに銃を撃つ。
「ファンクション・ファクタ・サドネス・セレクタ・……」
 同時に、辛うじて聞き取れる早口でマークスが何かを呟いている。これが、あの尻餅を付いていた少女だとは、とても信じられない。
「終わらせます!」
 裂帛、マークスが半身に構え、渾身の一発を放った。銃口から飛び出たそれは青い光をまといながら、一直線に母体へと飛んでいく。
 着弾。そこを中心に放射状に広がる軌跡は氷牙。やがてそれは母体の全身を覆い、そして、
「……砕けて」
 静かな、冷たい声とともに、母体は砕けた。辺りを細かな氷の粒子が舞う。
「やった……の……?」
 呟いた征二は、何が起こっているのか理解出来ないでいる。しかし少なくとも、母体という何かをマークスが退治したのだということだけは分かった。
「水島さん、後ろ!」
 叫び声に振り向くと、一抱えほどあるエイのような生き物が何匹も、こちらに泳いできていた。耳元を掠め、マークスの銃弾が飛んでいく。それは的確に、空を飛ぶ謎の生き物を撃ち落とした。
「な、何、あれ……」
 呆然とする征二に答えず、マークスは周囲の気配を探るように視線を巡らせる。
「囲まれた……宮葉小路さんならともかく、私にこの数は……」
 周囲には先程の氷の粒子が舞っている。視界は良くない。
 ふと、何かがその向こうで動いた。
(何だ……あれ……)
 そこは、母体の立っていた所。シルエットは、まるで棒のような人影。
「あいつ、生きて……!」
 人影から氷の煙幕を裂き、鋭い槍と化した髪が一直線に伸びる。マークスは気付いていない。
「やめろォッ!」
 征二が叫び、前に出る。何が出来る訳でもない、ただ、無意識に動いていた。
 そのまま征二を刺し貫くはずだった髪の槍は、しかし征二に届かなかった。直前で、何か壁に当たったかのように髪は軌道を逸らされ、掻き消える。
「……え……?」
 征二には、何が起こったのか分からない。ただ、今の現象が自分の起こしたものであることは分かった。
「水島さん、あなたはもしかして……」
 マークスの言葉を遮り、撃ち漏らしのエイが一匹、征二に向けて突進してきた。
「お前も、来るなぁっ!」
 拒絶するように突き出される征二の両手。エイは、やはり征二に到達する直前に弾かれ、消滅した。
「マインドブレイカーの突進も? 凄いです、水島さん!」
「……って言われても、僕には何が何だか……」
 マークスが再び母体に銃を向ける。形勢不利と見たのか、母体はそのまま後退し、白い霞に消えていった。同時に、周囲からエイの気配も消える。
「逃げられちゃいましたね。しばらく要注意です」
 残念そうに銃を仕舞うと、マークスは髪を掻き上げ、右耳に手をやった。髪に隠れて見えなかったが、どうやらインカムを着けているらしい。
「β区のサイコロジカルハザード、状況終了です。母体は撤退しました。あと、恐らく未登録のメンタルフォーサーを確認。したんです、けど……」
 何か言い淀みながら、マークスがこちらをチラリと見た。察した征二が、さり気なく反対側を向く。
 そのまま小声で何かを話した後、マークスが「お待たせしました」と戻ってきた。
「申し訳ないんですけど、少しお時間頂けませんか? 有事に備えて、未登録のメンタルフォーサーはB.O.P.で登録して貰わないといけないんですよ」
「メンタル……フォーサー?」
 聞いたことがない。そう言えば何度か、マークスがそう言っていた気もする。
「はい。……えっ、ご存知ないんですか?」
「え、ああ、うん。……え? 常識なの?」
 問われた征二の方が聞き返す。マークスはそれに答えず、少し考え込む素振りを見せた。
「ーーじゃあ、マインドブレイカーや、サイコロジカルハザードのことも?」
「知らない……」
「そう、ですか……」
 しばらく考え込んだ後、マークスはじっと征二の顔を覗き込んだ。たじろぐ征二に、マークスが問う。
「あなたは、誰ですか?」
「だから、僕の名前は、水島征二だ」
「私はBLACK=OUT Project、メンタルフォーサーチームの、マークス=アーツサルトです。あなたは、私を知らないんですね?」
「うん、だからさっきも……」
「分かりました」
 突然、マークスが明るい調子でそう言った。
「知らないのは驚きましたけど。でもそれなら、多分さっきのが何だったのか、聞きたいことが色々あるんじゃないですか?」
 確かに気になっている。一体何が起こっていたのか。この少女は何者なのか。
 しかし同時に、「関わるな」と自分の中の誰かが叫ぶ。知れば戻れない、触れるべきではないものに触れるなと。
 好奇心と直感の矛盾は、「それは、まあ……」という曖昧な表現となって口から出た。
「なら、一緒に来てください。あなたの知りたいこと、何でも教えちゃいます」
 にっこりと笑って、マークスが歩き出した。こうなるともう、従うしかない。曖昧な表現は、相手に都合良く解釈されるだけなのだ。

 それを、自分は知っていた。

 通信を切り、男は厳しい顔でモニタを見つめた。そこに表示されているのは、さっきのβ区での戦闘だ。マークスと一緒にいる男がメンタルフォーサーなのは間違いない。問題は彼の行動だ。
「どう思う?」
 男は振り返り、後ろで同じモニタを見ている女に意見を求めた。
「強くなったよねえ、マークスちゃん」
 そこじゃない、と男は呆れた顔で突っ込み、再び視線をモニタに戻した。
「彼がメンタルフォーサーなのは、恐らく間違いないだろう。母体を視認する前からその存在を知覚しているし、雰囲気の変更やマインドブレイカーも察知している。母体からメンタルフォースによる攻撃を受けた際にも、恐らく無意識にだろうが、僅かにレジストしている。だが……」
 男が映像を先に送り、母体の攻撃を、征二が防いだシーンで止めた。
「彼は母体の物理攻撃を完全に防御しきった。この後のマインドブレイカーも同じだ」
「別に不思議でもないと思うけど……」
 いや大いに不思議だね、と男は言った。
「僕達メンタルフォーサーは、敵のメンタルフォースによる攻撃を完全に防御出来る。反対の波長をぶつけることで相殺して、ね。だが、そういういわゆるレジストは、物理的な攻撃には無抵抗だ。メンタルフォースで障壁を作り出せば可能だが、制空圏の外では使えない。つまり、作った障壁には触れていなければならない」
 まあ一人、制空圏を広げる馬鹿を知ってるが、と男が呟くと、女は「和真が聞いたら怒るよ」と言って笑った。
「残る可能性はテクニカルを行使したくらいだが、テクニカルは何らかの詠唱が必要だ。よって、これもあり得ない。何より、彼がシールド能力を使う時、既知のいかなるメンタルフォースも感知出来ない。シールドに触れたマインドブレイカーは減衰するどころか、消滅した。……現時点での僕の推論だが、彼は……」
 口調こそ冷静だが、口数が多い。興奮している時の、彼の癖だ。
「彼は、この世界にたった一人の能力者。一子相伝の力……僕らは、彼を保護する義務がある。マークスが最初に会えたのは僥倖だ。きっとノースヘルも動き出す。二年の時間は伊達じゃない」

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