インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第三章第三話:作戦変更

 通信を切り、宮葉小路が小さくため息をついた。またか、という呟きは、マークスとしても同じである。
「いいの? 利くんはこういうの嫌がると思ったんだけど」
 神林が含みのある目で宮葉小路を見る。利くん、というのは彼女が宮葉小路を呼ぶ時の名前で、初対面から一貫してそう呼んでいた。
「確かに僕の好みじゃないが、今彼に臍を曲げられても困るからな。幸い僕らも近くまで来ているし、フォローはきくだろう。何より、新入隊員の独断専行は前例があるから……」
「和真さんの初陣ですね」
 マークスが思い出して苦笑する。あの時日向は、誰の助けも必要ないと言って一人で行ってしまったのだ。結局マークスが追いかけて、二人で母体を倒したのだが。
「あいつらしいなー。水島と和真は似てないけどさ、こういうの見ると、やっぱり同一人物なんだなーって思うね」
 その当時、神林はまだB.O.P.にいなかった。だが、考えてみれば神林が一番日向との付き合いは長いのだ。征二の件は少なからず気になって当然だろう。
「でも、スムーズに水島さんと合流出来るでしょうか。逃げ遅れた人を探すと言っても、β区は狭くありませんし……もしも要救助者を連れた状態で母体にでも遭遇したら……」
 マークスの懸念に、宮葉小路がそうだな、と頷く。
「シールド能力で持ちこたえることは出来るだろうが、状況はそこで膠着する。――メイフェル、母体の現在位置は特定出来るか?」
『ごめんなさぁい、動き回ってるみたえでぇ、反応が広範囲に分布して無理ですぅ』
「……マインドブレイカーをばら撒きながら、か。洒落になってないな」
 宮葉小路が眉間に皺を寄せ、こめかみを抑えた。口調こそのんびりとしているが、メイフェルはデータ解析のエキスパートである。ましてこの状況で手を抜くような少女ではない。その彼女に分からないのなら、誰にも分からないだろう。だが、征二が分断されている今の状況ではあまり望ましいと言えない。マインドブレイカーの数も少なくないのなら、迅速な合流も難しいだろう。最悪、征二が斃れかねない。
「四宝院、水島の位置はトラッキング出来ているな?」
『今のところ、イケてます。新型の、ええ感じですわ』
「今までのがジャミングに弱すぎたんだ。まあいい、あまり気は進まないが、この状況だ。作戦を変更する。即ち、二年前の再現だ」
「二チームに分けて、水島さんと合流させるってことですか?」
 尋ねたマークスに、宮葉小路は「そうだ」と頷いた。
「母体の現在位置が不明確である以上、水島との合流は優先される。だが時間を掛けすぎて、母体が隣区画に逃げてしまうのは最悪の展開だ。サイコロジカルハザードの拡大だけは、何としても避けなければならない」
 隣の神林も、真剣な表情で宮葉小路の説明を聞いている。おちゃらけた性格の彼女だが、意外にも洞察力は侮れない。空気を読めていなさそうで、その実大事な部分はしっかり押さえている。
「そこで、隊を二つに分けての同時進行作戦を採る。まずマインドブレイカーを掃討しつつ、母体を捜索するチーム。これには二人充てる。残る一人は水島との合流を優先し、彼と合流後、マインドブレイカーの掃討と母体の捜索を行う。質問はあるか」
 はいっ、と神林が手を挙げる。
「誰が水島くんとタッグを組むのかなー?」
「少なくとも、命は除外だ」
 宮葉小路は即答だ。
「僕とマークスでは前衛がいない。お前が水島と合流した後にしても、シールド持ちと前衛じゃ組み合わせとして最悪だ」
 宮葉小路の言う通り、征二と神林の組み合わせは最悪の選択だろう。神林はMFTにおいて、タンクとしての役割を担っている。いち早く最前線に陣取り、敵の攻撃に耐えながら後衛がテクニカルを詠唱する時間を稼ぐのがその役目だ。日向がいた頃は彼が遊撃を担っていたため、特に母体に対する有効な攻撃担当でもあったのだが、他に前衛のいない今、神林は矛ではなく、盾としての意味合いが強い。
 ――前を守る盾と、後ろを守る盾をセットにする意味などないのだ。
「じゃあ利くんかマークスちゃんだね。どうすんの?」
 神林が狭い輸送車の中で胡座を組み、頭の後ろで両手を組む。女の子らしくないその仕草を横目で見ながら、マークスが言った。
「……私が行きます」
 二年前と同じだ。いや、同じではないのか。あの時は、一人で飛び出した日向を放っておけなかった。だが、今は。
「まだ、彼を失うわけにいきません」
 そうだ。征二が何であれ、日向と無関係ということはあり得ない。今ここで彼を失えば、日向へ至る手掛かりは二度と得られないかもしれないのだ。それにもしも征二と日向が同一人物だったら――。
「そうだな、いいだろう。恐らく僕らの中では、一番マークスが強い」
 宮葉小路が頷いた。
「最大火力だけなら僕の方が上だが、式神を使っても汎用性が確保出来ないからな。マークス、君に任せる。BOBは使えるな?」
「はい。まだ慣れなくて、いつでも使えるっていうわけじゃありませんけど」
「新しい技術だからな」
 宮葉小路が小さく笑う。
「それに、いくら体系化したとはいえ、リスクも小さくない技術だ。使わずに済むならそれに越したことはない」
「あたしなんて使えないもんね」
 神林がつまらなさそうに口を尖らせた。
「ずるいよー。利くんもマークスちゃんも使えるのにさー。あたしだってBOB使いたーい!」
「無茶を言うな」
 腕をぶんぶん振り回して抗議する神林を、宮葉小路が渋い顔で諌める。
「二年前の事件の時お前までマインドプロテクトを消失していたら、BOBどころか多分僕らは全滅だったぞ。それともお前、BOBを使うためだけにマインドプロテクト壊すか?」
「ぶー。だってさぁ……」
 神林も分かっている。BLACK=OUT――それはメンタルフォーサーにとって力の源泉だが、場合によっては主人格を乗っ取る危険を孕んだ副人格でもあるのだ。それを防いでいるのがマインドプロテクトと呼ばれる意識階層間防壁である。マークスと宮葉小路は二年前の事件でその防壁を失った。そのため、今もBLACK=OUTの暴走と隣り合わせの生活を送っている。
「お前だけでも僕たちみたいにならずに済んだことを、僕は感謝しているんだ。だから、そういうことを言わないでくれ」
「うん……ごめん、利くん……」
「いや、いいさ」
 そう言って、宮葉小路が笑った。
 そんな二人の様子を見て、マークスは胸元からペンダントを取り出した。銀色の小さなペンダントヘッドが、手の中で鈍く光る。――二年前、これから向かうβ区で日向に買ってもらったものだ。
(いつか、私も、必ず……)
 手の中のそれを、強く握り締める。
(取り戻すんだ、和真さんを)
 輸送車が一際大きく揺れて停まった。宮葉小路、神林に続いて輸送車を降りる。目の前に広がるのは人通りの絶えた街並み。
「それじゃあ行こう。マークス、水島のことは任せた」
「何かあったらすぐに言ってね。飛んでくから」
 二人に笑って応え、長く続く道の先を見据える。
 この先は、戦場だ。

ページトップへ戻る