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BLACK=OUT 2nd

第四章第四話:諜報任務

 ごめん、と言ってB.O.P.に帰っていく征二の背中を見送ってから、ライカは左耳に手を当てた。
「こちらライカ=マリンフレア。B.O.P.は動き出したみたいよ」
『こちらセブン=オーナイン。了解した。δに展開中の工作部隊は、これより速やかに撤収する』
 応えた声は無愛想な若い男のものだ。知らない人が聞けば不機嫌にも聞こえる調子である。
「気に入った? その名前」
 からかうような調子のライカに、しかしセブンはまたも無愛想に否定した。
『名など興味ない。だがお前がそう決めたのなら、拒否する理由もない』
「相変わらずね。フォーと雅ちゃんは予定通り?」
『4666(フォートリプルシックス)はつつがなくMFCの設置を終了した。近衛はマインドブレイカーの最終調整を行っている。間もなく終わるはずだ』
「急がせてね。B.O.P.と鉢合わせなんてやめてよ」
『お前が言うな。あいつらはそういうミスはしない』
 淡々とした物言いなだけに、その一言はライカにとって刺さった。
「わ、私だって別に……」
『デバイスを壊して現在位置の把握が出来ず、β区で彷徨った結果だろう。デバイスをよく壊すのはお前の才能だが、事前に地形を把握していれば迷わずに済んだはずだ』
「才能って……それはあんまりじゃない?」
 セブンには見えていないと知りながら、ライカは頬を膨らます。酷い言われようだが、身に覚えがありすぎて、どうしても反論は消極的になってしまった。
『まあいい。ライカ、これから始まるのは我々にとって初めての戦争だ。敵はB.O.P.。二年前、我等が同胞が煮え湯を飲まされた相手だ。舐めてかかればその軌跡をもう一度なぞることになる。ノースヘルの、人類の未来がかかったこの戦争の先鋒に、連隊長は我々を選んだ。そして我々のリーダーはライカ、他でもないお前なのだ。失敗は許されない。が、同時に我等は皆お前を信頼している。……預けるぞ、我等の生命』
「ええ……私たちは、ここで共に生まれ育った、兄弟だものね」
 そう、物心付いた頃から共に生きてきた絆。それは決して揺るがない。B.O.P.なんかに負けるはずがないのだ。
「マリンフレア隊、作戦開始を宣言する! コード、『MM32』! ……戦争を、始めるわ」
 さあ、始まった。きっとまだB.O.P.は気付かない。だけどもう作戦は動き出した。足元から這い寄る冷気のように、気付いた時には全てが手遅れになる。そのための小さな布石、だが大きく深い楔だ。
 ライカはδ区の方角を仰ぐ。程なく、現場で準備をしていた三人が戻ってくるだろう。そしてそこにB.O.P.の四人がやって来る。あの変わった青年……征二も。
 征二。彼ともいずれ戦うことになるのだろうか。
「……もし、そうなったら……」
 戦わなくてはならないだろう。彼は、敵なのだ。
 彼はどんな顔をするだろう。驚くだろうか、悲しむだろうか。彼のメンタルフォースは、何色に染まるのだろうか。
 きっと、考えても仕方ないことだ。
 何となく、ライカはデバイスを覗き込んだ。画面に触れた途端、全ての表示が消える。真っ暗になった画面に映った自分の顔は、寂しそうに見えた。

 一時間ほどで、δ区に行っていたうちの二人が帰ってきた。
「よお、B.O.P.の奴らは来たのかよ」
「とっくにやることやって帰ったわよ。今頃祝勝会でもしてんじゃない?」
 ハ、とフォーが鼻で嗤う。
「気楽なもんだぜ」
「あまり気を抜くな、4666」
 セブンが相変わらずの無表情でフォーを諌めた。
「事の始めで躓くわけにはいかない。彼等が小石だとしても、避けるか除けるか用心せねば」
 わーってるよ堅い奴だな、とフォーは軽薄な笑いを返す。あまり分かっていそうには見えない。
「ところで、雅は? 一緒だって聞いたけど」
 もう一人のメンバーの姿が見当たらない。二人に尋ねると、セブンが「自室だ」と答えた。
「余程つまらなかったようだ。帰投するなり引きこもってしまった」
「『まったく、付き合い切れんのじゃ。妾は部屋に戻るからの。つまらない作戦で興が削がれたわ』ってな! っはは!」
 近衛の声真似をするフォーを見て、ああ、何か様子が見えるようだ、と思わず笑ってしまった。近衛らしいというか、何というか。
「閉じこもって何してると思う?」
「決まってんだろ。あの本の虫だぜ? 床が抜けそうな本の山ん中から何冊か抜き出して積み上げてんに違ぇねぇや」
「大方、そんなところだろう」
 フォーだけでなく、セブンまでもが同調する。彼はふざけてではなく、大真面目にであるが。
「それにしても、俺らが前線に出るのはいつなんだろうな。雅じゃねぇが、ずっと工作任務ってのも面白くねぇ」
 フォーが言うことももっともで、そもそも彼らは工作部隊ではない。メンタルフォースを駆使して前線で戦う、戦闘部隊なのだ。本来の責務が全う出来ない限り、存在意義を否定されているに等しい。
「連隊長に訊いたけど、最も効果的な瞬間に投入するって。それ以上は教えてくれなかったわ」
「俺たちが知る必要はない、ということだろう。ならば詮索は不要だ」
 そうなのだろう、とライカも思う。だが同時に、理由を知りたくもあった。教えない理由ではない、知る必要がないという理由である。
 どのような場合であれ、情報は共有されていた方がより良い結果を生み出す。最終的にB.O.P.を潰すという目的に対して、情報を隠す理由が思い付かない。
 いずれにせよ、今は命令が出るのを待つしかなかった。理由は自ずと明らかになるだろう。それまで待つだけの話だ。
 気になるのはもう一つ。ライカに課せられた別の任務だ。それは本来ライカの領分ではないし、特別に訓練を受けた訳でもない。その上で、なぜ連隊長はライカにあの任務を命じたのか。
 ――B.O.P.のメンバーと、密かに接触を持て。
 偶然とはいえ、一度征二やマークスと接触したライカは都合が良かったのだろう。再度接触するにあたり、ライカは征二を選んだ。母体に涙したあの変な青年に、興味があった。
(これは任務。ちゃんと分かってるわ。だけど……)
「どうした、ライカ。呆けるなど、お前らしくもない」
 セブンの声で我に返ると、二人ともライカを怪訝な表情で見ていた。
「……何でもないわ。連隊長に報告に行ってくる。データは取れてるでしょ?」
「お、おお、バッチリだぜ。んーと……ホレ」
 フォーが手元のデバイスを操作して、先ほどB.O.P.が出動したδ区での戦闘データをまとめたディレクトリのパスを、ライカのデバイスに送信する。それを確認してライカは、念のため一度表示させてみた。しっかりと取れているようだ。
「じゃあ、行ってくる」
 デバイスを軽く上げて、ライカは踵を返す。背中でフォーが「今度はデバイス壊すんじゃねーぞ」とか何とか言っているが無視。ライカだって壊したくて壊しているわけではない。
「……さて」
 エレベーターに乗り込んで、ライカはデバイスの画面に触れた。真っ暗だった画面に明かりが灯る。
「征二はどんな活躍を見せたのかな?」
 まだ内容は見ていない。後の楽しみだ。

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