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BLACK=OUT 2nd

第三章第六話:動き出す組織

 β区の境界を越えた。既に母体は倒したが、マインドブレイカーがいなくなったわけではない。汚染が完全に処理されるまで、β区には一般人の立ち入りが制限される。
「でも、そう長くはありませんよ。夜には戻れると思います」
 ニコニコとマークスが少女に説明している。手にはまだ、あの銃が握られていた。
 ――マークスは、母体を撃つことを躊躇しなかった。
 分かっている。正しいのはマークスで、そしてあの時、他に選択肢などなかった。母体を撃たなければ自分たちが死んでいたかもしれないし、そうでなくても、要救助者の少女は死んでいたかもしれない。あの母体を倒すのは、仕方のないことだった。
 だけど。
「では、私たちはこれで。警報が解除されるまで、β区には近付かないで下さいね。水島さん、私は本部に連絡を入れますので、少し待っていて下さい」
 そう言ってマークスが背中を向け、少し離れた。少女と二人で取り残される。
「ありがとうね」
 少女が笑った。
「いやー、なかなかやるんだね、B.O.P.も。助かったよ」
「いや、僕は……何も」
 結局、マークスに助けられたようなものだ。自分には何も出来なかった。
 ――また、あの娘に負けたのか、僕は。
「あのね」
 黙り込んだ征二の顔を覗き込むように、少女が顔を近付けた。
「君が母体のために泣いたこと、あたしは忘れないよ。忘れない」
 少女が小さく笑う。
「きっとB.O.P.でも君だけだね、そんな風に泣いてあげられるのは。良かった。君みたいな人もいるんだね」
「僕は……」
「ね、教えてよ、君の名前」
 水島征二、とデバイスのパーソナルデータを見せて教えると、少女はへぇ、と驚いたような声を上げた。
「私の知ってる人に同じ苗字の人いるよ。そっか、じゃあ征二でいいよね。私はライカ。ライカ=マリンフレア。今日はありがとう。またどこかで会えるといいね、征二」
 そう言って少女――ライカは笑った。
「……うん、僕こそありがとう、ライカ」
 そうして、ライカは鞄を担いで歩いて行った。その後ろ姿が煤けた街の角に消えるまで、征二は彼女を見送っていた。

 B.O.P.に戻り報告書を打ち込んだ所で、征二はマークスに呼び出された。初めてここに来た日に案内された応接室のドアを開ける。そこには既にマークスが一人で待っていた。
「どうして呼び出されたか、分かりますか?」
 征二がドアを閉め、ソファに座るのを待ってマークスが口を開く。
「今日の出撃、独断専行は問題行動です。でもこれは宮葉小路さんが許可を出しましたし、結果的には要救助者を確保出来たので良しとします。でも……」
 マークスがそこで一旦言葉を切った。次に続く言葉は分かっている。
「あのテクニカル、どういうつもりですか?」
 征二は答えない。あれをマークスが許さないだろうことは想像がついた。
「あのテクニカル、あなたが『ラストジャッジメント』という名で設定した術式は、広範囲殲滅仕様だったはずです。たった一体の母体相手に、ましてや街を破壊してまで使うべき術じゃないでしょう?」
「あの場合は仕方がなかった! シールドだっていつまで保つか分かったもんじゃない、あの娘を……ライカを守るために必要だったんだ!」
「私たちは、ちゃんといましたよ」
 激昂する征二と対照的に、マークスは冷静だった。静かに――怒っている。
「あの時あなたは、一言でも私たちに状況を伝えましたか? 私がそちらに向かっていることは伝えましたよね? 私がフォローを入れることは折り込めませんでした? いえ――」
 マークスの目が、昏くなる。
「私たちが、いなかったんじゃないですか?」
 そんなことはない、とは言えなかった。あの時確かに、征二の頭の中に仲間の存在はなかった。夢中だったからだろうか。
 いや。
 答えない征二に、マークスが小さくため息をついた。言いたいことを言ったからか、静かな怒気が幾分マシになる。
「……私たちは、あなたをチームメイトだと思っています。水島さんも早く……私たちを仲間だと、思って下さい」
 最後に一度頭を下げて、マークスが応接室を出て行った。閉じた扉に目も遣らず、征二は呟く。
「何が、仲間だ……」
 あんたが見てるのは僕じゃなくて、

 日向和真って人じゃないか。

 ここに僕はいない。
 ここにいる僕は、きっと水島征二じゃない。
 あんたに僕の、何が分かるんだ。

「よお、B.O.P.の奴らと接触したんだって?」
 その声にライカが振り返ると、扉の脇にフォーが立っていた。まあね、と面倒くさそうにパーソナルデバイスの画面を叩くと、一瞬画面にノイズが走り、真っ暗になる。
「っておい、壊すなよ!」
「で、電源切ったのよ」
「あー、俺。またライカが端末壊したから代替機頼むわ」
「ちょっと! 通報しないでよ!」
 それより何の用なの、とライカが尋ねると、フォーは「おお、それだ」と思い出したように言った。
「いや、どんなだったかな、と思って。キョーミあんじゃん? 俺らはB.O.P.の奴らと戦ったことねーし。けどなぁ、天下のB.O.P.の実戦部隊、MFTだぜ? きっとつえぇんだろうなぁ」
「そうね……」
 ライカはβ区での戦闘を思い出す。二人ともテクニカルユーザーだったようだが、自分たちとは術式や構文が違った。思うに、彼らのフォーマットはカスタマイズ性と応用性に特化されている感がある。小回りは利かずとも、瞬発力を重視する自分たちとは対照的だ。
「率直に言って、面白かったわ。データで見る以上にね。一人はとても戦い慣れてる感があった。もう一人は……」
 水島征二。入隊して間がないと言っていたが、確かに立ち回りにも稚拙さが目立った。だが――
「何だか不思議な奴だった。見たことのないシールドを使ってたし、母体に対して泣いていた。いるんだね、あんな奴が、B.O.P.にも」
 へえ、とフォーが興味深そうに身を乗り出した。
「マインドブレイカーはもとより、母体にも一切容赦しないB.O.P.がねェ。そいつ、どっちかってっと俺ら寄りなんじゃねぇの? 引っこ抜きゃ良かったのに」
「そんなわけにいかないでしょ」
 ライカは呆れたように眉を片方吊り上げた。
「そもそも、連隊長命令で現時点での奴らとの接触は禁じられてるのよ? 今回はたまたま遭遇しちゃったから一般人の振りして乗り切ったけど、そこで私の身分なんて明かせるはずないじゃない。インカムだって着けてたようだし」
「んだよ……言ってみただけじゃんか……」
 口を尖らせ、フォーはどかっと自分の席に腰を下ろした。しかしすぐに気持ちを切り替え、再びライカへと身を乗り出す。
「けどよ、これでついに動き出すってわけだよな。準備は整った、ようやく俺たちが暴れ回れるように舞台が出来上がったってわけだ。もうこれまでみてぇにコソコソしなくていいし、ライカの気になるソイツに名乗りを上げることだって出来る」
 フォーが、自分の脚をパン、と叩いた。
「俺たちはノースヘルMFTだ、ってな!」
 ライカは頷いた。
 ついに実戦が始まる。これは、もしかしたら二年前をも凌ぐかもしれない戦争だ。それが、ついに。
 その事実に、ライカは震えた。

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