BLACK=OUT 2nd
第六章第七話:もっと話したい、もっと聞きたい
ライカ=マリンフレアはため息をついた。帰還してから何度目になるか、物憂げな深い溜息だ。
「んだよライカ、心配事か?」
その様子に気付いたのは、意外と目ざといフォーである。今は反省会のようなもので、メンバー四人が全員、会議室に集まっていた。
「あ、ううん、何でもないの」
ふーん、と一応は答えるものの、フォーはあまり納得していないようだ。それだけライカの様子がおかしいということだろう。セブンは我関せずといった様子で腕を組み、雅はデスクの上に伏せ口を尖らせていた。
「何じゃ何じゃ、納得いかぬぞ。どうして青はライカを助けるんじゃ。妾だって危ない目に遭ったではないか」
「……青は敵方だろう。お前を助けるわけがない」
「じゃがライカを助けたではないか! これでは妾がライカに負けたみたいじゃ……」
セブンが諌めても、雅はまだ膨れたままだ。こっちはこっちで納得してないらしい。
また今までみたいに会ってもらえないか、と征二は言った。僕は機密情報は渡せないし、ノースヘルの情報も探らない。敵として相対すれば戦うしかないけど、オフの時は所属なんて関係ない。そうやって説得しようとする征二は必死で、断ることなんて出来なかった。
――いや、それは言い訳だ。本当は嬉しかった。また征二と会える、会いたいと言ってくれた、そのことが。
あの時のことを考えると、ライカの胸はドクンと跳ねる。β区で彼と初めて会った時、同じように覆い被さられたが、こんなことはなかった。自分は一体、どうしてしまったのだろう。
その時、突然デバイスの呼び出し音が鳴った。画面を見ると連隊長だ。今日の作戦の失敗についてはもう耳に入っているだろう。
「――はい」
「ライカ=マリンフレア。本日の任務について報告してくれ」
了解しました、と応えて通信を切ったライカに、フォーが恐恐と尋ねる。
「あー、なんだ、そのー……連隊長、怒ってる?」
さあね、とライカが席を立つ。
「後は頼むわ。会議は進めておいて」
◇
ひと通りの報告を終え、ライカは息をついた。失敗の叱責を覚悟していたライカだったが、連隊長は「そうか」と言ったきり、何か考え込んでいる。
「白が接近戦を……それも君が敵わないほどのスピードとパワーを持っていたというのは意外だな。やはり何かの術を使ったと考えるべきか」
「事前に青から入手していた情報にも、そのような事実はありませんでした。フォーによれば、青自身も白があのような戦い方を隠していたことは知らなかったようです」
「ふむ、彼らはそのままでも十分に強いからね。いや、今回の失敗はそこまで見通せなかった私の責任だ。君たちに処罰は下りないから、その点は安心していい。もうすぐ新装備も制式採用されるだろうし、そうすればB.O.P.に対しても我々は一歩先んじることが出来る。勝負はそれからにしよう。どちらにせよ、貴重なデータが手に入った」
どう答えていいか分からず、ライカは小さく頭を下げた。
「あの……それと……」
悩んだ末、ライカは思い切って征二のことを話すことにした。これでダメだと言われれば仕方がない。だが返ってきた答えは予想外のものだった。
「いいんじゃないか? 君たちのプライベートにまで踏み込むつもりはない」
思わず面食らうライカに、連隊長はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「もちろん機密情報を漏らすのは重罪だが、君にその分別がないとは思っていない。我々にとってもB.O.P.との繋がりが残せるのはいざという時に役立つかもしれないしね。何より君がまんざらでもなさそうじゃないか。気に入ったのかい? 随分と青に入れ込んでいるようだが」
からかわれ、ライカは耳まで熱くなるのを感じた。
「そ、そんなわけじゃ! ありま……せんっ」
最後の方はニヤニヤと笑う連隊長の目が正視できず、俯いてしまった。
「はっはっは。うむ、君も年頃だし仕方がないな。だが敵味方として節度ある付き合いをしないといかんぞ」
「お、お、大きなお世話です! 連隊長こそ、女性問題で失脚なんてことのないようにして下さいね!」
「私は問題ないさ。大人だからね」
余裕綽々の態度を崩さない連隊長にこれ以上何を言っても無駄だと諦め、ライカは肩を落とした。
「……とにかく、報告は以上です」
「うむ、ご苦労。ああ、あと4666に伝えておいてくれ。現場の判断で動くのは構わないが、報告だけは必ず上げるようにとな」
「了解しました」
一礼し、部屋を出る。会議室へ戻る通路を歩きながら、ライカは自分の足取りが軽くなっていることに気付いた。知らず、口元がほころぶ。
良かった、また征二と会える。征二と話が出来る。
もう出来ないと思っていたけど。きっと嫌われたと思っていたけど。
そうだ、ちゃんとお礼も言えていなかった。改めてありがとうと言わないと。
それから、それから――。
◇
数回のコールを待って、相手が電話に出た。
「あ、征二? 私。あの、今日はありがとう」
ベッドの上に腰掛けるライカは両足を揃え電話を持っていない手を膝の上に置き、畏まった様子だ。今まで何度も征二と電話で話をしたが、こんなに緊張するのは初めてである。
「――うん、あの、えっと……今日征二が言ってたことだけどね――うん、ちゃんと上司に許可取ったよ。うん、いいよって」
――ああ、胸がドキドキしている。私はどうしてしまったんだろう。今までこんな気持ちになったことは一度もなかった。
電話の向こうで征二が喜んでいるのが伝わってくる。ライカは膝の上の手を、ぎゅっと握り締めた。
伝えたい用件はこれで全部だ。電話を切ってしまってもいい。だけど。
もっと話したい。もっと聞きたい。
自分が好きなもの。征二が好きなもの。
もっと知ってほしい。もっと、自分を見てほしい。
ああ、征二も同じ気持ちだろうか。もしそうなら――嬉しいと、思う。
どれだけ話しただろうか、電話を切ってから時計を見て驚いた。こんなに話したのは初めてだ。
こてん、とそのまま横に倒れる。
今日の会話は任務でのそれじゃない。それだけなのに、こんなに沢山話せた。
内容は他愛のないものばかりだ。B.O.P.では今日、MFTのメンバーで出前を取ってみんなで食べたらしい。ライカも来たらいいのに、と征二は冗談めかして言っていた。それが出来たらどんなにいいだろう。
でも。
ライカはノースヘルの兵士だ。任務はB.O.P.を壊滅させること。敵陣に遊びに行くなど、出来るわけがない。いくらプライベートとはいえ、これが許される限界だろう。
うーん、と唸ってライカは頭を振った。やめよう、今どんなに考えてもしょうがないことだ。いいことだけ考えよう。
空が白んできた。もうすぐ夜が明ける。