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BLACK=OUT 2nd

第三章第四話:邂逅する災厄

 デバイス上の反応は増え続けている。母体の撒き散らすマインドブレイカーだ。四宝院から宮葉小路たちが到着したと連絡は入ったが、合流するのは難しいだろう。それに、まだ要救助者の少女を区外に脱出させなければならない。
 その少女は危険な状況を果たして理解しているのか、鞄を振り回しながら周りをキョロキョロと見回して危機感に乏しい。
「怖くないの?」
「別に。B.O.P.がどんなものなのかは興味あるけど」
 通常、市民は自ら避難する。MFTに救助されるケースは稀だろう。
(それにしても、随分神経の太い娘だなぁ)
 まだ、母体はもちろん、マインドブレイカーにも遭遇していない。もっとも、マインドブレイカーに遭遇してもこの娘には見えないだろうし、死に直結するようなダメージを受けることもない。
 外部からの精神的な影響を受けやすいメンタルフォーサーは、だからこそマインドブレイカーを見ることが出来るし、メンタルフォースも行使出来る。反面、相手からの攻撃の影響も大きく受けてしまう。メンタルフォーサーにとっては致命的となりうる攻撃であっても、この娘にそこまでの影響は与えないだろう。だがそれでも何らかの影響は被るだろうし、最悪新たな母体となるかもしれない。だからこそサイコロジカルハザードでは、発生区域全ての立ち入りが制限され、避難勧告がなされるのだ。
 それに、母体の存在もある。
 母体の攻撃は、マインドブレイカーのそれと違って物理的なものだ。征二のシールドであの母体の攻撃を防げることは証明済みだが、この娘を無事に守りきれるかは分からない。母体に出会わないで済むなら、それに越したことはないのだ。
 デバイスの示す反応は増える一方である。既にもと来た経路を辿るのは現実的ではなくなっており、征二は遠回りを余儀なくされていた。幸い、宮葉小路たちはβ区に到着しており、マークスが単身合流のためにこちらに向かっているらしい。位置は把握しているが、マインドブレイカーに阻まれて思うように進めないでいるようだ。マークスを待っている間に退路を絶たれる可能性を考えると、一刻も早くこの娘を区外に逃がしたいところである。
「逃げ道は見つかった?」
 少女が、横から征二のデバイスを覗き込んできた。
「あ、うん……」
 征二は、デバイスを一般人に見せない方がいいかどうか一瞬迷ったが、隠す間もなく当の少女が「サッパリ分かんないや」とデバイスから目を離してしまった。携帯電話も持っていないらしいし、電子機器は苦手なようである。
 尋ねると、「まあね」と肯定が返ってきた。
「ちゃんと使いこなせるけど、何か相性が悪いというかね。すぐ壊しちゃうから。それに、何回操作しても毎回同じ動作するじゃない? あれが何だか納得いかない」
「いつも違う答え出されると困ると思うけど」
「そうだけどさぁ」
 この状況下で緊張感のない会話だが、不思議と征二は気にならなかった。彼女がパニックを起こしているよりはよっぽどいい、と思うと同時に、自分もまたこの会話に救われていることに気付く。

 要救助者が、この娘で良かった。

「露店街を経由して、瀬尾バイパスに抜けよう。α区は分かる?」
「土地勘はないなぁ。あそこ廃墟でしょ?」
「初期のサイコロジカルハザードで壊滅したんだっけ? でも、まだ人が住んでるエリアもあるし、それにここよりずっと安全だよ」
「じゃあ、そこ。行こう」
 そう言うと少女は、先立って歩き出した。全く、これではどちらが救助されている側か分からない。
「あ、待ってよ! 先に行ったら危ないって! 僕が先に……!」
 言いかけた手元で、ピピッと警告音が鳴る。デバイスの表示を確認すると。
(何だ……これ……)
 中央の光点は自分を示すもの。その周囲に、緑色の小さな光点が花開くように一斉に点灯しだした。この反応は、メンタルフォース。
「マインドブレイカー? 近い!」
 まずい。少女が離れている。思考を介在させず、征二は一気に少女との距離を詰めた。少女が振り向く。同時に。
「させるかっ!」
 シールドを展開、あの時と同じ、エイのような生き物――マインドブレイカーがシールドに弾かれ、掻き消えた。
「わっ、驚いた」
 目を丸くする少女を背中に隠し、征二は周囲の気配に気を配る。
 デバイスが表示する通りの事態だ。
「ごめん、囲まれた」
 四方八方から感じる気配。自分一人ならいざ知らず、この娘を連れた状態で脱出出来るだろうか。
「……大丈夫、だよね?」
 ――いや、やるしかないんだ。
 背中の声には、征二以外に頼る人などいない。頼れる人などいない。ならば、今自分がやらなくてどうするというのだ。この、声は。
「僕が、守る」
 呟く。背後からの攻撃にまで全て対応出来るとは思えない。一刻も早く、この状況を。
「ファンクション・ファクタ・エンジャー……」
 突破口を開く。目の前に現れたマインドブレイカーの群れに向けて、
「通らせてもらう!」
 テクニカルを放った。囲みの一部が一掃される。
「こっち!」
 征二は少女の手を引いて走り出した。切り開いた突破口を駆け抜ける。
「ちょ、ちょっと、今どうなってるの?」
 そうか。マインドブレイカーはメンタルフォーサーにしか見えない。この少女に襲い来る異形の姿は見えていないのだ。
「マインドブレイカーに囲まれてたんだ。今、囲みの一部を崩して脱出した。早くここから離れるよ!」
「マインドブレイカーは多少なら大丈夫なんでしょ? そんなに急いで逃げなくても――」
「ダメだ!」
 速度を緩めず角を曲がる。後ろは振り返らない。
「もしかしたら、これは――!」
 デバイスには全く映っていなかったのに、突然マインドブレイカーに囲まれた。その直前まで気付けなかったのは――。

 直後、耳障りなノイズに、征二は思わず両耳を塞いだ。顔を歪ませながら少女に目を遣ると、彼女は不思議そうな顔でこちらを見ている。
(そうか、これは……メンタルフォース!)
 脳をかき回すような雑音が、ゆっくりと二人に近付いて来る。明滅する視界の中、それははっきりと、ある言葉を浮き上がらせた。以前にも聞いた、狂いの繰り言。

 さようなら。
 さようなら。

 さようなら。

「く……っ……に、逃げて……っ!」
 征二の精神を砕くかのような声へ抗うように、精一杯を絞り出しながら少女に伝える。だが彼女は、道の先、ある一点を見つめて動かない。
「何……あれ……」
 一見すると人間。しかし。
 痩せ切った身体と手足、どこまでも伸びた髪が、目の前の存在を異形だと告げる。
 少女には、それが見えていた。
 元は人間だった存在。心を壊され、自らも心を壊すようになった存在。瘴気を撒き散らすように、マインドブレイカーをばら撒く存在。

 それは、母体と呼ばれる存在。

 恐れていた最悪の事態に、征二は呻いた。

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