インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第八章第六話:リライト

 実験室の中は静まり返っていた。実験室と言っても、狭い室内に所狭しと実験台や器具が並べられた乱雑なそれではない。広さはバトルシミュレータのフィールドと同じく三十メートル四方ほどあり、周囲は強化ガラスとMFCによる結界で囲まれている。普段は、実験の内容に応じて必要な機材が置いてあるが、今日はその全てが搬出されていた。何もない伽藍堂は、実験室というより試験場といった様相で、寒々しい部屋の中央には、一抱えほどの大きさの箱がぽつんと置かれている。艶消しの黒で塗装された金属製の筐体にステータスランプの類は見当たらない。
 先日、関西支部から送られてきた不審なMFC。関西の技術者達ではこのMFCを解析出来ず、こちらに泣き付いてきたものだ。あれから幾度かの試験を通して、ある程度その役割が分かってきており、今日は立てた仮説に基づいた試験が行われる。
「さて、時間が惜しい。早速始めよう」
 実験室の壁際には、宮葉小路と神林が並んでいた。宮葉小路が目で合図を送ると、ガラスの向こうにいる白衣の研究主任が緊張した面持ちで頷く。彼の周りには、他に何人かの助手が控えており、彼らもまた、同じように顔を強張らせていた。他にもガラスに仕切られた壁の四方に、この実験を見物しようという研究員が大勢集まっており、実験の注目度の高さを物語っている。
 宮葉小路は目を閉じ、深く息を吐いた。
「いくぞ」
 短い詠唱と共に、一筋の雷撃が放たれる。雷の一矢は吸い込まれるように黒い箱へと飛んでいき、箱の保護のために張られたMFCによる保護膜に触れ、消えた。
 ここまでは関西での試験結果と同じである。MFCは被験体の保護のためにB.O.P.で設置したものなので、これがなければ宮葉小路のテクニカルは箱に直撃していたはずだ。
「よし、次だ。命、準備してくれ」
「オッケー」
 パチリと片目を瞑って応えると、神林は踊るような足取りで箱へと向かった。
「ほい、いつでもどうぞー」
 神林は箱を挟んで宮葉小路と向かい合う。実験室に静かな緊張が走った。ここからが、この試験の本番だ。
「危なくなったら避けてくれ」
 宮葉小路が再び雷撃を放つ。箱に向けて一直線に、後ろへ軌跡を残しながら奔るそれは、今度は正確に神林を狙っていた。神林は動かない。このままいけば雷撃は神林に命中し、その緋袴を焦がすだろう。
 しかし、そうはならなかった。着弾する少し手前で雷撃は不自然にその軌道を曲げ、あらぬ方へと向かったのだ。雷撃は慌てて退避する研究員たちに容赦無く襲い掛かり、派手な音を立ててガラスに命中した。
「ふむ、そうか……ならば」
 顛末を見届けた宮葉小路が、今度は先ほどと比べて少し長い詠唱を始めた。右手を振りかぶり、なぎ払うように腕を振るう。その手の先から、今度は幾本もの雷の矢が放たれた。無造作に撃たれたそれらのうちの一本が再び神林を襲う。
 今度は前のようにはいかなかった。曲がらずに真っ直ぐ突き進む雷撃が神林に直撃する。
「ふー、危ない危ない。レジスト成功ね」
 言葉とは裏腹に、神林は余裕の表情だ。神林の耐久力ならば、手加減した宮葉小路の攻撃が仮に直撃したとしても、大した問題ではない。
「避けろと言っただろ、心臓に悪い。——よし、想定通りの結果だな。主任、もう出てきてもらって結構ですよ」
 ガラスの向こうにいた研究チームの一団がぞろぞろと出てきた。単に見物しているだけの研究者たちは、まだブースに残っている。
「実験の結果は以上です。箱を対象としたテクニカルには影響しないが、箱の近くにいるものを対象としたテクニカルについて、その対象を書き換えている。一方、たとえ箱の近くにいても、対象を決めていないテクニカルには影響がなかった」
「そして箱自身を対象としたテクニカルにも影響がない、ですか。いやはや、妙なMFCですね」
「そうですね、関西で解析出来なかったのも無理はないでしょう」
 単に防御のためであるなら、逆の位相を発生させるだけで事足りる。実際、現行のMFCは全てその方式を採用していた。既に発動しているテクニカルの術式を書き換えるような方法では、テクニカルしか防げない。それどころか、少し工夫をして、対象を保持するバックアップを組み込めば、それだけで無力化されてしまうだろう。
「実用を考える前の、技術試験なのかもしれませんね。確かに術式を外部から書き換える研究というのはしたことがありませんでしたから」
「困難ですか?」
「言うなれば、テクニカル自身が持つ意志を書き換えるということですから、電気的には可能ですよ。テクニカルも技術的にセオリーが確立していますから、どこをどう書き換えれば良いかというのも、容易に解析可能でしょう。メリットがあるとは、思えませんがねぇ」
 ともかく、これで依頼されていたMFCの解析は終わった。あとはこの結果を関西に送れば、あとは向こうでどうにかするだろう。
「水島の対応を考えないとな。このままノースヘルの手に渡ったままというのはまずい。マークスは?」
「朝のミーティングで会ってから見てないね。また資料室かな?」
「水島を奪われたのは彼女にとって相当ショックだろう。思い詰める性格だから、突拍子もない行動に出ないか心配だな」
「ああ見えてマークスちゃん、無鉄砲だからねえ」
 実験室を出て、二人は足早にミーティングルームに向かう。水島に支給したデバイスは既に破壊されたのか、位置の把握が出来なくなっていた。居場所も分からないのでは救出に向かうことも難しい。早急に対応を考える必要があった。
「今のマークスには辛いかもしれないが、何もしないよりは気が紛れるかもしれない。会議はマークスにも参加してもらおう」
 宮葉小路がデバイスの画面に触れようとした時、ちょうど通信が入った。四宝院だ。
「僕だ」
『み、宮葉小路さん、大変です! マークスさんが!』
「マークス?」
 宮葉小路が怪訝な顔で神林と顔を見合わせる。嫌な予感がした。
『α区で、水島さんの実家の前です、そこでノースヘルと戦闘に!』
「どういうこと? マークスちゃんオフじゃないでしょ?」
 回線に神林が割り込む。何かやらかすかもしれないとは考えていたが、こんなに早いとは二人とも思っていなかった。
『お、俺にも分かりませんて。……ってぬおあ!?』
「どうした、四宝院!」
 素っ頓狂な声を上げた四宝院が、ややあって信じられないというように呟いた。
『マークスさんが……BOBを使いました……』
 宮葉小路は頭を抱えた。あれほど念を押したのに。
「すぐに行く。出来るだけ情報を集めておいてくれ。輸送班にも手配を。そこには水島もいるんだな?」
「どうすんの利くん。いくらマークスちゃんでも……」
「下手をすればマークスのBLACK=OUTが暴走する。二年前と同じようにな。今度は止める——今はあいつはいないんだ」

ページトップへ戻る