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BLACK=OUT 2nd

第四章第三話:フォロー

 征二がブリーフィングルームに顔を出すと、既に他のメンバーは席に着いていた。「おかえり」の声に会釈で返しつつ、自分も席に着く。モニタにはδ区のマップとMFCによるメンタルフォース測定結果が表示されていた。四宝院からインカムで聞いた通り、警戒レベルの反応が見られる。
「さて、水島君も到着したことだし、もう一度状況を纏めよう。四宝院」
「はい」
 四宝院が立ち上がる。
「一時間前、δ区のMFCにメンタルフォース反応が確認されました。強度はレベル2、平均分速一・五メートルで区内を移動しています。他区への移動は確認されていませんので、マインドブレイカーだと推測されますね」
「現時点ではぁ、当該マインドブレイカー様反応以外にメンタルフォースは確認されていませんー。つまりぃ、母体は非活性状態であると推測されますがぁ、何処にいるかの見当は付かないですねぇ」
 説明しながらメイフェルが参照用のデータを表示する。彼女の言う通り、反応は大きくなるわけでも増えるわけでもなく、ただ区内を移動しているだけだ。
「市民への被害は出ているのか?」
「今んトコですけど、報告はありません」
「あの……出撃した方がいいんじゃ?」
 宮葉小路と四宝院の話に割り込んで、征二が手を挙げる。マインドブレイカーが相手なら本部でトレースが可能だし、母体ほど時間も掛からないだろう。一体だけとはいえ、放置していればいずれ市民に被害が出る。
「無策での出撃か。今の段階では得策ではないな」
 宮葉小路が首を振った。
「万が一僕たちがδ区に出ている間に、たとえば既にθ区に移動していた母体が活発化したらどうなる? ここからなら十分と掛からないが、δ区から移動では三十分は掛かる。母体の位置が不明確である以上、おいそれと動くわけにはいかない」
「じゃあ二手に分かれて……」
「現時点でそれは選択しない。β区の作戦で君は街を破壊しかけた。同じ事はしないだろうが、経験の浅い君をサポートする人員分をマイナスして見積もる必要がある。つまり君を含めた僕達の戦力は、二人分だ」
 宮葉小路の言い方は冷たいが、言い返せない。征二は黙って手を下ろした。そうだ、これが今の自分の評価なのだ。
「そう怖い顔しなくてもいいじゃん」
 そう言って、向かい側に座っている神林が笑った。
「足手まといだと思ってたら利くんは連れてかないよ。何と言ってもまだ加入したばかりだし、チームとしての戦闘もちゃんと経験しておいた方がいいしね。そういう意味でも隊の分割運用はあたしも反対かな」
「でも宮葉小路さん、分割運用はともかく、水島さんの言うことももっともですよ。もしもこのまま長期間母体が活性化しなかった場合、市民に被害が及ぶ可能性が跳ね上がりますし……別の母体が出現する可能性だってあります」
 隣のマークスが手を上げて言った。
「ああ。だから『無策では』出撃しない。メイフェル、お前がずっとデータを監視しているという前提で、母体活性化の予兆から活性化までの時間をどの程度まで見積もる?」
「周囲四区を含めた五区の監視だったらぁ、三分……いえ、五分前には発見しますぅ」
「ギリギリだが上等だ。四宝院、警戒区域への連絡路を全て封鎖しろ。何かあった時には最優先で通行出来るように、事前に調整だ。輸送部隊もそのまま待機させろ。もしマインドブレイカーを倒す前に母体が活性化した場合、δ区に避難命令を出した上で母体を先に掃討する。関係各所へ通達が完了次第出撃する。二分でやれ」
 四宝院とメイフェルが慌ただしく動き出す中、征二はマークスにそっと耳打ちした。
「意外だったよ。君がフォロー入れてくれるなんて」
 一瞬驚いた顔をしたマークスだったが、すぐに顔を曇らせて小さく俯く。
「いえ……フォローだなんてそんなつもりは」
「僕は、今度こそ足手まといにはならない」
 いつまでもマークスに――自分と日向を同一視している彼女にフォローをされたくない。それは屈辱だ。自分を自分と、水島征二と認めさせる。この作戦で戦果を上げ、必ず。
 そんな征二を不安と心配の入り混じった表情で見上げたマークスは、微かな溜息と共に彼に背を向けた。
「……無理は、しないでくださいね。そのための私たち――仲間、なんですから」
 そしてそのまま、宮葉小路、神林に続き、出撃準備のためにブリーフィングルームを出て行った。残された征二は、三人が消えたドアを見つめながら、ここに来て何度目かもう数えるのもやめた愚痴を一人、心の中で吐き出す。

 ――何が、仲間だ。

 きっちり二分後、征二を含めたMFT四名は輸送車両の後部に乗り込んだ。輸送部誘導職員の号令に従い、車両が旋回を始める。β区の作戦終了後、本部への帰還のために一度乗ったので、征二にとって輸送車両の乗車はこれが初めてではない。だが本部からの出撃はこれが初めてだ。緊張する方ではないと自分では思うが、それでも否応なく心拍数は上がる。征二は落ち着かない様子で、何度も装備の確認をした。
 左耳に挿したインカム、腰のホルダーに収めたデバイス、スーツの各部に装着したプロテクタ、ブーツとグローブを順に確かめる。問題はない、万全だ。
「さすがに緊張するかい?」
 輸送車両の一番奥に座っている宮葉小路が、眼鏡の蔓を指で押し上げる。
「いえ、緊張というほどでは……」
「適度な緊張は必要だ。僕たちはこれから、言わば命のやり取りをしに行くんだからね。だけど君は既に一度、実戦を経験している。恐れることはない、君なら戦える」
 そう言って宮葉小路は、「ね」と笑った。
 征二は頷き、そっと目を閉じる。そうだ、戦える。戦わなくちゃいけない。僕はこの戦いで、水島征二として認めてもらう、認めさせる――!
 再び目を開ける。見えるのは、薄明かりの中に浮かび上がる三人の顔。
 落ち着いた様子で集中している宮葉小路。遠足に出かける子供のようにはしゃいでいる神林。静かに闘志を燃やすマークス。
 車両が大きく揺れた。本部敷地から公道に出たようだ。δ区まで十五分ほど、今回は区内に避難命令を出さない状態での出撃任務だ。一般人に被害が及ぶ可能性も低くない。
 ――ライカ……。
 ふと、β区で会った少女を思い出した。この任務が終わったら、また会えるだろうか。
 いや。
 首を振り、不要な思考を埒外に追いやる。集中しろ、ここはもう――

 戦場だ。

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