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BLACK=OUT 2nd

第十一章第三話:ならば答えは決まっている

 宮葉小路たちが急ぎ本部へ戻ると、ゲートの外にはすっかり濡れてしまったライカが待っていた。彼女に支えられて何とか立っている征二はもう口を開くのも無理で、同じく自力で歩けない神林と並んで、医務室へ搬送されていった。
「……こんな時に、済まない。他に思い付かなかったんだ。敵であるあんたたちに、私がこんなことを頼むのはおかしいって思うけど……」
 ライカが、腰を直角に曲げて、深く頭を下げる。
「頼む! 征二を……助けてくれ!」
 罠かも知れない——そう、マークスは思っていた。だが、それは間違いだと直感する。
 ライカの肩は、細かく震えていた。恐れている。恐いのだ。征二を失うことが。一度、日向を失ったマークスだから分かる。もしも——もしもライカが、自分の意思でノースヘルを出て、ここに来たのなら、それはきっと、マークスには窺い知れないほどの葛藤の上だろう。この、でたらめなサイコロジカルハザードが、征二の封神の力が原因なら、それを連れ出したライカにはもう、帰る場所はないのに。
「詳しい話が聞きたい。中に入ってくれ」
 そう言うと宮葉小路は開いているゲートを潜り、一人ですたすたと歩き出してしまった。ライカが驚きと困惑の入り混じった顔で、その背中を見つめる。
「えっ、でも……」
「どうした、さっさとしろ」
 宮葉小路は振り返り——そして、ほんの少し、表情を崩した。
「僕たちは水島を人質に取っている。君に選択の余地はない。君は今から、僕たちの捕虜だ」

 シャワーと着替えを済ませ、ライカはオペレーションルームの席に着いた。丸一日、征二を連れてさまよい歩き、雨に打たれ続けた身体は芯から冷え切っており、熱いシャワーは純粋に心地良かった。緊張の糸が切れ、ライカはようやく、自分の足が震えていることに気付く。敵の本拠地で裸になっているなんて、現実感からはほど遠い。
 着替えとして用意された服は、どうやらここの職員の制服のようだったが、丈はともかく胸回りがきつく、結局、ボタンを上まで留めることは諦めた。
「さて、ライカ=マリンフレア。君の知っていることを話して貰おう。水島がノースヘルに戻ってから、君が再びここへ連れてくるまでの間に何があったのか、全てだ」
 宮葉小路に促され、ライカは小さく頷いた。
「ノースヘルに戻ったら、征二はすぐに拘束されて営倉に入れられた。私は連隊長に征二を出すよう直言したかったけど捕まらなくて、結局、連隊長と会えたのは三日後だった。連隊長はすぐに征二を出してくれたけど、査問に備えた打ち合わせをしようとした連隊長に、征二は『自分が日向和真であることを知っていたのか』って訊いたんだ。……征二は、記憶を取り戻していた」
「連隊長というのは、水島柾……つまり、水島の保護者だな?」
 彼とは一度、マークスが直接接触している。ライカは「ああ」とだけ答えて、まだ湯気を立てているカップに口を付けた。
「……美味しい……」
「せやろ? 宮葉小路さんの趣味でなあ、おかげさんで淹れんの上手くなったわ」
 小さく驚きの声を漏らしたライカに、四宝院が笑ってみせる。たぶん、ライカの緊張を見抜いて、気を遣ってくれているのだ。見た目は軽薄そうな男だが、なかなかどうして、そつがない。
「連隊長は……えっと、ナントカの力を利用するために征二を引き取ったんだって言ってた。記憶を取り戻した以上、もう征二は思い通りにならないから、要らないって、処分、するって。征二は……それを聞いて、征二は連隊長を、たぶんメンタルフォースだと思うけど、白い光で攻撃したんだ。でもそれは連隊長に当たらなくて、そのまま征二は気を失った。連隊長は、どうしてかは分からないけど、征二の処分を思い留まったけど、このままだと征二が死ぬかも知れないと思ったから、征二を連れてノースヘルを出た」
「白い光……封神の力か」
「うん、確かそんな名前」
 宮葉小路はライカの話に、深く考え込んだ。水島はメンタルフォーサーではないし、封神の力をまともに受けて無事な人間がいるはずがない。直撃しなかったのだとしても——。
「封神の力の発動は、それが最後か?」
「その後はずっと一緒にいたけど、あの白い光は見てない」
 このサイコロジカルハザードの原因が封神の力なら、何かしたのはその時に違いない。
「水島柾が封神の力による攻撃を受けた時、他に何かしなかったか? 何でもいい、気付いたことがあれば教えてくれ」
「って言われても……私は、征二の方が気になってたから……」
 しばらく考え込み、ライカはその時のことを思い出す。
「そういえば、関係あるかどうかは分からないけど、いつの間にか連隊長の机の上に、これくらいの——」
 ライカは、右の拳を固めて、左の掌の上に載せてみせた。
「真四角の箱が置いてあった。征二が気を失ってすぐ、連隊長はそれをポケットにしまってたけど……」
「箱、か……もしそれが水島柾の、封神の力に対する切り札、防壁のようなものだとしたら、彼が無事だった理由も納得出来るが、それで奴が封神の力を使えるようになるわけではないだろう。謎は残るな」

「曲げたんだ」

 突然響いた声に、オペレーションルームの全員がその出所——部屋の入り口を注視する。そこにはドアに寄り掛かるように立つ征二と、その脇に寄り添うマークスの姿があった。
「征二、まだ寝てないと……」
「ありがとう、ライカ。でも、もうそういう訳にはいかないんだ。僕の中の和真が教えてくれた。今動かないと、取り返しのつかないことになる」
 肩で息をしている征二はとても大丈夫には見えず、立っているのもやっとのようだ。いつもなら、そんな状態で立ち歩くなど絶対に許さないようなマークスが、今はただ、黙って彼の傍らに控えている。
「和真から? 取り返しのつかないこととは、どういう意味だ」
「方法は分からない。でも水島さんは、僕の封神の力の向け先をねじ曲げた。水島さんを狙った僕の力は……今、世界中の人たちの主人格に向けられてる」
 室内が、水を打ったように静まり返る。征二の言うことが事実であれば、その意味するところはひとつだ。
「水島さんは、全人類のBLACK=OUT解放に成功しつつあるんだ。こんなことになって、本当にごめん……でも、だから、僕が水島さんを止めなきゃならないんだ。今はまだ、僕も混乱してるけど……」
 その先を征二は口にしなかったが、ライカには分かった。もうきっと、自分がどうしたいのか、答えは出ているのだろう。なら、ライカの答えも同じだ。自分たちはもう水槽を飛び出た。自分がここにいる意味を、自分で決めたっていいだろう。
 ライカは立ち上がり、口を開いた。

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