朝露の約束
プロローグ
眼前は火の海。
伝統的日本家屋、自分が生まれ育った屋敷が、燃えている。
いや、屋敷だけではない。
そこに住まう人々が、火の粉を飛ばし灰塵に帰されようとしていた。――自分を、除いて。
少女はゆったりとした動作で、それらを眺め見る。その目は感情を灯さず、業火を受けて朱く濡れていた。
これでいい。
これでわたしは〝人間〟になれる。
耳を澄ませば、人や屋敷が爆ぜる音に混じって、幾つか――断末魔の悲鳴が聴こえる。しかしそれも、高い天井にまで達した炎が梁を焼き、炭となったそれを少女の背後に落とす頃には聴こえなくなっていた。
窓から外を覗くと、母親だったモノが黒く燻りながら倒れているのが目に入る。先へと伸ばした腕の向こうには、庭の隅に設けられた池があるはずだ。
父の姿は見えないが、間違いなく庭に倒れているアレと同じ運命を辿っているだろう。
肉親や同族の死を目の当たりにしても、少女の表情は動かない。
だって、わたしが望んだんだもの。
この能力を使った以上、自分は遠からず死ぬだろう。
それでも良かった。人形として、偶像として在る自分は、嘘だから。
みんな、無くなればいい。焼けて、灰になればいい。
わたしは神じゃない、悪魔でもない。
何もみんなと変わらない、みんなと同じ。ただそれだけで良かったのに――!
火の粉が舞い、煌々と朱に照らされた満月が少女を見ている。
――ああ、月が綺麗だ。
せめて今度は、人として生まれますように――。