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BLACK=OUT

第九章第六話:黒い部屋

 まずい、まずい、まずい。
 四宝院は、館内放送を「録音・繰り返し」に設定すると、一目散に作戦室を飛び出した。
 街中に展開された部隊は、巨大な囮。本命は、ここだったのだ。どうしてもっと早く、その事に気付かなかったのか。
 既に施設内部には、幾人ものメンタルフォーサーが侵入してきている。スタッフの被害報告も……少なからず、為されていた。
 建物の各所には、もちろんMFCも取り付けてられてはいる。だが、それを起動すれば、戦っているかもしれない宮葉小路たちのメンタルフォースまで制限されてしまう。デバイスが機能していればMFCから逃れることも可能だが、電波障害のお陰で全く機能していない。
 いや、そんなことはどうでもいい。どうでも良くは無いが、それ所では無いのだ。
(メイフェル……!)
  彼女は、四宝院と別行動を取っていた。ラボラテリーセクションの一部で、ドアの開閉に異常があり、原因究明と修理のために動いている。彼のセクションは施 設の中でも最も深度が深いが、一刻も早く向かわねばならない。敵がノースヘルだとして、ラボに向かわない保証があるだろうか。
 
 果たして、辿り着いた研究区画の扉は、無残にも破られていた。接触不良か基盤の損傷か、パネル操作では動作の悪いドアに痺れを切らしたのだろう。
 いよいよ、危なくなってきた。
 四宝院の心臓が、警鐘さながらに激しく打ち鳴らされる。
 そっと、打ち破られた、元は扉であった鋼板に手を触れた。それは未だ、熱い。
 鉄の軟化点、損傷具合、それらから推定される破壊時の温度、室内温度、現在の扉の温度、そこから割り出される扉が破られてからの経過時間。
――駄目だ、既にかなり経過している。
 ラボセクションは広い。闇雲に探して、敵と遭遇する前に見つけられるとも思えない。
 四宝院は、必死にメイフェルの動きを想像する。
  彼女は扉の修理のためにここへ来た。離れた場所にある複数のドアが動作不良を起こしたのだ、恐らく原因は基盤だろう。まずはその推論を確かめるべく、コン ソールルームで試動させたに違いない。だがそんな作業は早ければ数分で終わる。結局原因は基盤だったのか、それとも違う何かだったのか――
 いや 違う、逆だ。どちらか、可能性の高い方を採るべきだろう。原因が基盤じゃないとしたら、何だ? エアシリンダーはドア毎に付いている。シリンダーに限ら ず、駆動系は全てそうだ。後は操作系だが、それなら全ての扉が死ぬはず。やはり一番可能性が高いのは処理系、電気系。ならば。

――集中制御室(CCR)か……!

 CCR――集中制御室。
 ラボラテリーセクションと、それに関連する他セクションの電気系統を全て担当する部屋。
 ありとあらゆる指令がこの部屋のブラックボックスに送られ、末端である各設備を稼動させる、B.O.P.の頭脳。
 全高3メートルに及ぶ巨大な箱から、家庭用のそれと大きさに大差の無い、子サーバーまで、様々な電気設備が集約されたその部屋の扉が。

 今、破られようとしていた。

 低く唸りを上げる電気の生物が林立する室内に。
 メイフェルと、それに同行してきた研究者2名が震えていた。

  彼女が四宝院の放送を耳にしたのは、CCRへ向かっている途中だった。B.O.P.のマニュアルには、外部からの侵入・侵略があった場合には、戦闘部員は 迎撃に、オペレーターは速やかに各持ち場に就くように、との記述がある。そして、注記。「上記事項が困難な場合は、より深度の深い密閉可能な室内に避難す る事」。
 ここラボラテリーセクションから作戦室へ移動するためには、正面の玄関ホールを経由しなければならない。また四宝院の放送に因れば、敵 は各所から侵入してきているという。下手に動くのは、危険だ。そう判断したメイフェルは、ここから最も近く、且つ深度の深いエリア……CCRへの避難を、 選択する。
 しかし、予想以上に敵の侵攻は速かった。彼女たちが目的地に到達する前に、敵の一部隊に発見されてしまったのだ。そうなれば、メイフェルたちは逃げる事しか出来ない。
 目に見えない、直接干渉のメンタルフォースは、メンタルフォーサーではない彼女たちには効果が薄い。対して、直接破壊のメンタルフォースは彼女たちにもダメージを与え得る。
 後ろから、こちら目がけて飛来する雷撃を辛うじてかわし、メイフェルたちはひた走った。辛くもCCRに辿り着き、扉をロックする事は出来たものの、それも僅かな時間稼ぎにしかならない。
 こちら側からでも見える、青白く光る蛇のような稲妻が、扉を少しずつ融解して。

 やがてそれは、役目を為さないスクラップとなった。

「鬼ごっこは終わりだぜ」
 両手の間で空中放電をさせながら、青年は近付いてきた。白光が部屋の壁を激しく明滅させる。
「くっ……こんな事をして……お前たち、何が望みだ!?」
 メイフェルの傍らに居る、白衣の男が叫んだ。気が狂わんばかりの表情で、こめかみには青筋が浮き口から泡を吹いている。
「望み?」
 ふっと青年が微笑む。整った中性的な顔立ちは、状況さえ違えばさぞや魅力的に映っただろう。
「望みなんて無いさ。俺たちはココを襲えと命令された。だから来た。それだけだ」
「な、ななななな、何で私なんだ、何故ここなんだ! 一体どうしてなんだよっ!」
 理不尽でしかない。同時に、偶然でしかない。
 耐え難い奇声を発し始めた研究者に対し、青年は眉を顰(ひそ)め、目を薄くする。
「煩いよ、お前」
 すっと、手が上げられる。その先には、地に足を縫い付けられたかのように動けないでいる、メイフェルたちの姿。
 そして響く、銃声にも似た音と、部屋全体を塗りつぶす閃光。
 喚き散らしていた研究者が、後ろに倒れた。白目を剥いている。
「あーあ、ああいうパニクると喧(やかま)しい奴、堪んないよね。勘弁して欲しいぜ」
 心底憂鬱そうに、青年はたった今電撃を放った右手を額に当てる。その仕草は、目前で人を殺めた人間のそれには、どうしても見えない。
「やる気失くした。イツキ、レイラン、後の二人はお願いしていいかな?」
 青年に名を呼ばれた二人が、メイフェルたちへと進み出る。
 一人は男性、メイフェルより頭一つ分ほど高い身長で、短い黒髪。上から下まで黒尽くめだ。多分、こちらが「イツキ」と呼ばれた方だろう。手には、紫炎の剣を持っている。
 もう一人の女性は和服姿。質素だが安く見えない、白と黒の単(ひとえ)を纏っている。長い、漆を流したような髪と陶器を連想させる白いうなじが美しく、その肩口に止まる朱い鳥が華を添えていた。宮葉小路と同じ、式神使いか。
 二人は無言で、こちらへ歩いて来る。メイフェルには男。もう一人の和服は、研究スタッフへ向けて。
 ところが突然、ぴたりと二人が足を止めた。二人とも体はこちらに向けながら、部屋の入り口へ首を回し注視している。
 直後。激しい、打撃音と共に。
 雷撃の青年が、吹き飛ばされた。

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