BLACK=OUT
第一章第六話:黒が聴いた思い出
歌が、聴こえる。
それは、どこか遠くで聴いたもので。
今では決して手に出来ない優しさに溢れていた。
「う……」
痛みに呻き、日向がうっすらと目を開けた。
「気がつきましたか?」
そっとのぞきこむ、金髪の少女が微笑む。
「ずっと気を失ったままだったんですよ。もう、三時間くらい」
「俺は……」
そう、あのエレナという女と戦って……負けて。
どうやら、そのまま気を失ってしまったらしい。
はっきりしない頭で考えていると、少女が言った。
「心配したんですよ。エレナさんったら本気出すんだもん。いくらMFCが効いてるからって、直撃したら大怪我ですから」
確かに、彼女の攻撃は、信じられないほど重かった。
仮にエレナがメンタルフォースを使わなかったとしても、勝ち目はなかったろう……認めたくはないが。
「なぁ、あいつ……エレナだけどさ」
天井から視線を動かさず、日向が口を開く。
「確か、フルネームは『エレナ=フォートカルト』だったよな」
「ええ、そうですよ。……それがどうかしたんですか?」
やっぱり……。
どこかで聞いたことがあると思ったら、あいつ……。
「よーっ、目、覚めた~?」
その時、医務室のドアがバンッ、と開いて、エレナが顔を出した。
「もう、エレナさんっ! 日向さんは怪我してるんですから、静かに入ってきてください!」
マークスが、唇を尖らせて抗議する。
「アハハ、ゴメンゴメン。お、思ったより元気そうじゃん」
「元気そうじゃん、じゃねぇ」
日向が、ベッドの上でエレナを睨んだ。
「どっかで聞いたことがあると思ったんだ。てめぇ、フォートカルト流脚殺術の使い手だろ!」
一瞬きょとんとしたエレナだったが、すぐに目を不敵に細めて言い返した。
「へぇ、結構物知りだね、アンタ」
「ふざけんな!」
マークスは、二人の間で、ただおろおろしている。
フォートカルト流脚殺術とは、足技のみで相手を死に至らしめるという究極の戦闘術である。
この技は、代々フォートカルト家にのみ伝えられているが、現実には「フォートカルト家」というものは存在しない。
フォートカルトとは、一種の暗殺集団のようなもので、そこで技術を学び、一人前になった時「フォートカルト」という名が与えられる。
つまり……。
「てめぇ、プロの殺し屋ってことだろうが!」
「ま、昔の話さ」
「今も昔も関係あるか!」
日向は、すっかり頭に血が上った様子で怒鳴る。
「挑発させておいて、自分がそんな反則みてぇな人間だと!? いい加減にしろ!!」
「でも、わかったでしょ?」
エレナは、あくまで冷静に返す。
「アンタが思ってるほど、MFTの技術は低くないってことがね」
「く……っ」
そう言われては、返す言葉もない。
悔しさから、ただ唇を噛み締めるしか出来なかった。
「さて、目が覚めたみたいだし、アタシは行くよ」
そう言ってエレナは踵を返した。
悠々と扉を開け、外に出て行く。
と、何かを思い出したかのように立ち止まると、
「そうそう」
と、振り返って言った。
「アンタ、その娘に感謝しなよ。気を失ったアンタを、ずっと看ててくれたんだからね」
そして、そのまま扉を閉めた。
足音が遠ざかる。
「あの……日向さん……」
マークスが、おずおずと話しかけてきた。
「ん?」
「私たちと一緒に……戦ってくれますよね?」
青い瞳で、必死に日向を見つめる。
「エレナさんも言ってましたけど、本当に戦力不足なんです。マインドブレイカーは増える一方だし、それに、どんどん強くなってる気もするんです」
じっと見つめられて居心地が悪いのか、日向は目を逸らして言った。
「言っとくけどな、俺はマインドブレイカーには何の興味もねぇんだ」
「そんな……」
「けどな」
どこか諦めたような顔で、日向が言葉を続ける。
「約束は約束だ。俺は間違いなく……エレナに負けた。あんたらの思うように動いてやるよ」
「ほ、ホントですかっ!?」
ぱーっと表情を明るくしたマークスが、がっしと日向の手を握る。
「用が済んだらさっさと除隊する。それまでは、の話だ」
「うんうん。うんうん」
ニコニコ笑って、日向の手を握ったままブンブン振り回す。
(……変な奴……)
そういえば……。
「なぁ、なんでずっと医務室にいたんだ?」
ぴたっ、とマークスの動きが止まる。
「え、何でって、日向さんの看病を……」
「三時間も? ……暇なんだな」
「あははー……」
困ったような顔で笑うマークス。
「まあ、一応礼は言っておく。ありがとうな、えーと……」
そのまま、少し考えて日向は口を開いた。
「……名前、なんだっけ?」
「………………」
「いや、顔は見覚えがある気はするんだけど……」
「じ……自己紹介二回もしたのに……っていうか、以前に会ったじゃないですかぁ」
見ると、目がウルウルになっている。
「あ、そうだっけか? えっと……マルキス=オルトなんとかだっけ?」
「マークス=アーツサルトですっ!!」
歌が、聴こえる。
それは、どこか遠くで聴いたもので。
手を伸ばせば、届きそうな気がしていた。