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BLACK=OUT

第二章第一話:白き講義

 日向がMFTに入隊し一週間が過ぎた。
 その間、幸いと言うべきか、彼らが出動するような事件は起こっていない。
 日向に対し、今のままでは使えない……そう判断していたエレナは、彼女自身が講義を行っていた。
 同時に、チームメイト同士の模擬戦も幾度となく行ったものの……。

「日向、アンタ態度悪いよ」
 エレナは講義の手を止め、コンソールをダン、と叩いた。
 モニタには、現在説明をしている内容が表示されている。
「知るか。要は戦闘で成績を残せばいいんだろ。んな講義必要ねぇだろうが」
 コンソールに頬杖をつき、目だけをエレナに向けて日向は言った。
「覚えられない言い訳? 頭も使わずに、アンタの言う『成績』なんて残せるわけないでしょ」
「んだと……」
「よせ、エレナ。猿に講義なんてナンセンスだ」
 横から宮葉小路が、憮然とした顔で口を挟んだ。
「てめ……俺に負けた分際で何を……」
「何も言うな、と言うなら僕は黙るさ。だが、それならお前は、エレナに対して文句を言える立場じゃないよな?」
 負けたんだから、と付け加えると、宮葉小路は背を向けた。
「……ちっ……」
 忌々しそうに舌打ちすると、日向はエレナに向き直る。
(ったく、何でこんな事しなきゃなんねぇんだよ)
 エレナの講釈を聞きながら、日向は考えた。
 情報さえ手に入れれば、こんな所とはおさらばだ……奴の情報さえ……。
「おい、日向」
 と、エレナの声で思考が中断された。
「今、聞いてなかっただろ」
 見れば、モニタから表示が消えている。
「聞いてたぜ、一応な」
「ふーん、じゃ答えて。メンタルフォースとBLACK=OUTの関係について」
 ふぅ、と息を吐き、日向は口を開いた。
「メンタルフォースってのは、感情の力だ。感情が持つ質量とかで、『外』に影響を与える事が出来る」
 エレナは目をつぶり、ウンウンと頷いている。
「だが、普通の人間には使えねぇ。使えるのは『BLACK=OUT』が、ある程度まで覚醒している人間だけだ」
「正解。じゃあ、『BLACK=OUT』の正体は?」
「人格だよ、もう一つのな」
 面倒くさそうに答える。
「人間には、誰でも『失った記憶』ってやつがある。覚えていると、自分の精神面に悪影響を及ぼす記憶は、わざと忘れるんだ。この記憶の事を『ブラックアウト』と呼ぶ」
――そう、俺にもあるんだ。深い悲しみと……憎しみに彩られた、「失った記憶」が……。
 暫し、日向は回顧し、言葉を続けた。
「その『ブラックアウト』により生まれた人格が『BLACK=OUT』だ。強い感情に支配されているために、この人格はメンタルフォースが使える」
 黙って聞いていたエレナが、手を叩いた。
「うん、百点。見事だね」
 付け加えると、と彼女が続けた。
「アタシ達主人格がメンタルフォースが使えるのは、BLACK=OUTが持つ能力を借りているからなんだ。だから、ある程度まで覚醒していないと、能力そのものが使えない」
 数年前まで、BLACK=OUTの存在など誰も知らなかった。
 この存在を一般に広く知らしめたのは……。
「さあ、今日の講義はこれまでだよ。午後からは模擬戦だから、それまではゆっくりしてな」
 そう言うと、エレナはパンパン、と手を叩いた。
「おつかれさまです」
 マークスが、こちらを向いて笑顔で労う。
「おつかれですぅ、日向さぁん。……でもぉ……」
 メイフェルが、日向に耳打ちした。
「カンニング、しちゃダメですよぉ」
 そう言って、ニヤリと笑う。
「なっ……」
「エレナさんにはぁ、バレバレですよぉ~」
 二人のやり取りを見ていたエレナが、コンソールを叩いた。
 モニタに映し出されたのは、この部屋のネットワーク図だ。
「一応ね、こっちのサブモニタに、他のコンピュータからのアクセスログが表示されるようにしといたんだ」
 見れば、見事にその痕跡が残されている。
「アンタ、アタシがメインモニタを消した後、そっちのコンピュータからアタシのメインメモリにアクセスして、カンニングしてたろ?」
「ちっ……わかってたんなら止めろよ、バカ」
 折角の仕込みがパーである。
「アンタ、勘違いしてない?」
 エレナがやれやれ、と手を上げた。
「ここは学校じゃない。大事なのは、アンタが講義の内容に『触れる事』なの」
 そう言い放つと、ぽかんとする日向を尻目に、エレナは部屋を出て行った。
(苦手だ……あいつ……)
 その後ろ姿を見ながら、日向はそう考えていた。

  一人廊下を歩きながら、エレナは思考を巡らせていた。
 まずは、日向をMFTに馴染ませる事だ。
 それは、一朝一夕にはいかないだろう。
 彼は何も語らないが、恐らくは誰にも関わりを持とうとせず、自分の力だけで生きてきたのだろう。
 頼る事も、頼られる事も知らずに……。
「まるで、昔のアタシみたいだ……」
 知らず、ぽつりと呟いて、フフッ、と笑った。
 あれはまだ、フォートカルトに居た頃。
 明日は生きているかわからない、いや、今この瞬間ですら生きているかも定かでない、そんな毎日だった。
 今は居ないが、ある人に連れられてここへ来た……今思えば、あの日々は地獄だったのだ。
 日向は、今もあの地獄の中に生きているのかもしれない。
「救い出してやらなきゃ……アタシ達みんなで」

「で、日向さんは、やっぱりマルチファイターで戦うんですか?」
 マークスが、日向のコンソールの脇に立っている。
 そこが、日向が来てからの彼女の指定席になっていた。
「ああ、エレナの奴がそうしろってさ。お前はテクニカルユーザーだろ?」
「はい。……えっと、戦うのは苦手ですから、回復が主な役割なんですけどね」
 マークスはぺろっ、と舌を出して悪戯っぽく言った。
「宮公が攻撃役のテクニカルユーザー、エレナがインファイターか……」
「み……宮公……」
 言うまでもなく、宮葉小路の事である。
 入隊からすぐ、日向は彼のことをそう呼んでいた。
「あの、宮公はちょっと……」
 マークスが言いかけたその時、突然室内にアラートが鳴り響いた。

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