BLACK=OUT
第七章第二話:碧の螺旋
あいつが憎いと。
殺してやりたいと。
一体、幾度この胸に繰り返しただろう。
大事な人を亡くし。
大事な世界を失くした。
対峙する両名は螺旋。
同じものを見て、同じ境遇に置かれた者。
知らなければよかった。
誰かを恨むことが、こんなにも
――心地良い事だと。
◇
「だったら何だ」
日向が、宮葉小路の目を見ながら言う。
「こんな……こんな奴のために……あいつは……エレナは死んだって言うのか……っ!!」
搾り出す声は悲痛。
何かに耐えるように、目は固く結ばれる。
「お前がいなきゃ……お前がここにこなければ!!」
言うまい、思うまいとしていた言葉。
「エレナは死ななかったんだ!!!」
「ああ、そうだ」
だったらどうした、とでも言うかのように、日向は言葉を返す。
それが、宮葉小路に唯一残された最後の理性を奪い去る。
「お前が……お前がエレナを殺したっ!!!!」
轟音とともに、彼の周囲の空間が舞い上がる。
「お前だけは許さない!! 絶対に!!!!」
「………………」
怒りを露わにする宮葉小路に対し、日向の目は、ただひたすらに。
――冷たかった。
「てめぇに恨みはねぇけどさ……」
すっ、と横へ伸ばした手には、彼の剣。
「俺の邪魔をするなら、殺さねぇとな」
◇
一体、誰が彼らを止めることが出来ようか。
その戦いは、壮絶、いや、凄惨とさえ言える。
日向の振るう剣は周囲を壊し。
宮葉小路の放つ術は周囲を砕く。
日向が近づけば、宮葉小路の式神が彼の行く手を遮り。
日向がこれを弾いた時には、宮葉小路の姿は遥か遠く。
距離という絶対のアドバンテージを得たテクニカルユーザーは、今が好機と日向に術をぶつける。
それを時には受け流し、時にはかわしながら日向は再び距離を詰める。
その繰り返しが周囲を破壊し、舞い上がるコンクリートの粉塵と濃霧により視界はより狭まっていく。
「ちぃっ……!!」
以前にも宮葉小路と戦った日向だが、前回とは状況が違いすぎる。
相手の位置が特定出来ないのでは、距離を詰めようが無い。
類稀なるメンタルフォース感知の能力を有する日向だが、さりとて戦闘時に敵の位置を完全に把握出来るほどではない。
対する宮葉小路は、己の式神を通じて正確に日向の位置を把握できる。
そもそも、彼はおおよその場所さえ掴めれば、その近辺を狙って術を放てばいいだけなのだ。
「ふざけた真似をっ!!」
ならば。
こちらも「狙わなければいい」。
「うおおおおおおおおああああああっ!!!!」
響く咆哮と共に、右手の武器に紫炎が集まる。
「くっ、させるかっ!!」
日向が何かをしようとしている事を察した宮葉小路は、これを止めにかかった。
「アゴニィ-ロワー-ロングディスタンス-エクステンシヴ-セントラル-セィ-ザ-ロアー-オブ-サファリング-マスト-アッパー……出でよ咆哮!
ゴウス!!」
宮葉小路の呼びかけに応え、彼の内から出現した緑の波動が、日向に向けて一直線に飛んでいく。
「まだっ……!!」
その間にも、宮葉小路の左手は休むことなく印を描き続ける。
そして、放たれた咆哮が日向に届く直前……!!
日向が、天高く飛翔した。
目標を見失い、背後のビルの壁に術が命中する。
ズドン、という音と共にビルが震え、上空からパラパラと粉が降ってきた。
「くっ、かわした……!?」
天を仰げば微かに見える。
体を捻らせ、剣に集めたメンタルフォースと共に、振り下ろす瞬間が。
「降り注げ!! 犀蛍龍亜(さいけいりゅうあ)!!!!」
上空から、紫の矢が無数に降り注ぐ。
いかに防ごうとも、あれを受けては致命傷必至である。
「それが……どうしたっ!!」
元より、かわす意志は無い。
守るのではなく、攻めるのだ。
彼を倒せば、それでいい。
「サファリング-ザット-ライグレス-アンド-ホアーズ-ショルド-ギヴ-イッツ-ミスフォーチュン-トゥ-オール-リヴィング-スィングス-クレスト-リリース!!!!」
その詠唱は神速。
先に描きこまれた印を流用し、多少は詠唱を短縮しているとはいえ、とても迎撃に用いられる長さではないその詠唱。
しかし、その発動は自らが被弾する前に行われるというこの違和感。
「蠢く苦しみの中で悶え死ね!! 紅黒之舞(こうこくのまい)!!!!」
両手を広げる宮葉小路の周囲から噴出したのは、闇と炎。
それは瞬く間に彼を取り囲み。次の瞬間には周囲を覆うかのように膨れ上がりだした。
「んのぉ、やろぉっ!!!!!」
自身が上空にいようが関係ない。
渦巻く死は、既に眼下にまで迫っている。
ビルを飲み込み、放置された車両を食いつぶし。
日向を、飲み込んで。
それは一瞬の出来事。
何事も無かったかのように静まり返る街路に、横たわる身体がふたつ。