BLACK=OUT
第四章第三話:紅が立つ
さぁさぁさぁ。
細い水の流れは、滑らかな褐色の肌を滑る。
粒となり珠となり弾ける水滴は、柔らかな灯りに照らされ白く光り。
淡く煙るバスルームに、水音を響かせる。
「ふぅ……」
エレナは、手元のレバーを上げた。
キュッという音と共に、シャワーヘッドは沈黙する。
30分前、四宝院との模擬戦が終わったばかりだ。
結局あれから勝負はつかなかった。
――いや。
四宝院恭。
彼はきっと、本気ではなかったのだろう。
汗を流しさっぱりしたエレナは、バスローブを羽織って部屋へ戻った。
戦闘で邪魔なので、彼女の髪は短い。
手入れに時間がかからないので楽である。
宮葉小路は……「髪は長い方が好みだ」とは言っていたけれど。
アタシには似合わないよね、と、エレナは思うのだ。
それよりも、マークスこそ髪を伸ばせばいいのに、と思う。
せめて背中まで伸ばせば、彼女は見違えるほど大人っぽく見えるはずだ。
「まあ……和真がすごい長髪だからねぇ……」
いつも後ろで纏めてるのでわからないが、解けば腰よりあるに違いない。
そういえば、マークスは何かと日向の傍にいる。
あまり一緒にいたがらない宮葉小路とは対照的だ。
エレナは、枕元においてあるデバイスを手に取った。
赤く「POWER」と書かれたキーを叩く。
ヴッ、という唸りを上げ、もう何千回と見た文字が、ディスプレイに流れていく。
BLACK=OUT Project Mental Forcer Team Management System
The system starting…
Please wait for a while…
そういえば、随分と宮葉小路は日向に突っかかっている。
日向はと言えば……別段気にも留めた様子はないのだが。
きっと、MFTという場で戦い続けてきた宮葉小路にとって、「外」にいた日向に負けた事がショックだったのだろう。
プライドを相当傷つけられたに違いない。
The connection with the main system was confirmed.
It boots up a system.
「でも、マルチファイターとの戦闘なんだから、当然と言えば当然なのにね」
立場が逆であれば、果たして日向は勝てただろうか……。
WELCOME!!!!!
立ち上がったブラウザから、「photo」と書かれたディレクトリを開く。
中には、エレナがB.O.P.に来てからの写真が全て収められていた。
その中、「2028」ディレクトリを選ぶ。
今年に入ってから……日向が入隊してからの写真を、エレナは一枚一枚眺めた。
日向は撮られるのを極端に嫌う。
そのため、日向が一人で写っている写真など全く無かった。
「これだけ見れば、いつも仲間に囲まれてるみたいだね」
くく、と苦笑する。
入隊時の写真、宮葉小路との模擬戦の写真、初陣での記念写真、マークスの料理を必死に食べている写真……。
「まあまあ、最初に比べて随分丸くなったこと」
一目瞭然、入隊当時から追いかけ見れば、ずっと雰囲気が良くなっている。
「………………」
彼の写真は、全体の八割はマークスと写っていた。
彼女がどれだけ、日向と一緒にいるか、改めて確認させられる。
「敵わないなあ、あの娘には」
エレナは、ぼふ、とベッドに倒れこんだ。
シャワーで温まった身体に、冷えたシーツが心地よい。
デバイスを放り投げ、ごろんと仰向けに転がる。
「日向の棘を抜いてるのはアンタだよ、マークス」
何かはわからないが、日向は何かに追い立てられ、追い詰められている。
それから解放されるために彼は戦っているのだろう、きっと。
「結局、アタシには何も出来ない……か……」
歯がゆい。
昔の自分と同じである彼を、自分が救ってあげられない事が。
ブラウザを閉じようと、転がっているデバイスに手を伸ばした時。
耳障りな警報、目に痛い警告灯が緊急事態を知らせる。
「お仕事……ね」
そう言えば、まだバスローブのままだった。
急ぎ着替えると、エレナはデバイスを手に取り、ブラウザを閉じる。
モードは「スリープ」から「オールウェイズ・ブート」へ。
そのまま腰へ差し、彼女は戦う機械となる。
満ちた想いは「寂」。
極限まで高めた感情で、死地へと赴く。
「MFT各員に通達。3分後よりオペレーションルームにてブリーフィングを行う」
どこまでも続くべき日常。
彼女は今、戦渦の中にいる。
「それでは、ブリーフィングを開始する」
日向たちは、手許のディスプレイに表示された情報を読み取っている。
そこには、出撃場所の詳細な状況が示されているのだ。
「ε4区にて、MFアトモスフェアを確認しました。
ほぼ同時に、区民からB.O.P.に通報があり、マインドブレイカーの目撃情報が寄せられています。
発生から僅か10分足らずで区のほとんどがマインドブレイカーで埋め尽くされました」
四宝院が整理された情報を読み上げる。
10分で区全域に広がるなど、通常では考えられない速度だ。
仮に活発な母体が存在したとしても、30分はかかるのが普通である。
「要するにぃ、母体が複数存在する可能性がある、ということですぅ」
メイフェルの声も、いつになく緊張している。
区に取り付けられたMFCから得られたデータを見ても、既にマインドブレイカーを示す光点で埋め尽くされていた。
これでは、母体の位置や数も把握出来ない。
「片っ端からなぎ倒していくしかねぇ、って訳だな」
恐らくはチーム一の好戦派である日向が声を上げる。
確かに、効率は悪いがそれしかなさそうだ。
「よし、じゃあMFT4名でε4区のマインドブレイカー、及び母体の駆逐を行う。総員出撃準備。……2分後に出る!」
画面を染める光が、間違いなく過去に類を見ない大規模な戦闘である事を指し示していた。