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BLACK=OUT

第十章第四話:白が問う

――神。
 日向伸宏は、そう言った。
 この、嘘の世界を書き換えると。
 それを行うのが、日向だと。
「つまり、あんたは……」
 日向は眉一つ動かさず、対峙して初めて声を上げた。
「この世界が嫌いなわけだ。BLACK=OUTこそがヒトのあるべき姿、そう言いたいんだな?」
 日向が有する力、“封神の力”は、この世の全てを封じることが出来る。一人ずつ、全人類のBLACK=OUTを覚醒させていくのは事実上不可能だが、日向ならそれが可能なのだ。
 ただ、紡げばいい。
 『普く人々の、主人格を封じる』と。
「ちょっと待ってください!」
 叫んだのはマークス。一歩踏み出し、彼方の狂気に問いかける。
「どうして自分の存在を否定出来るんですか!? そんな事をしたら、あなただって封じられるんですよ!?」
 伸宏は動かず――ただじっと、日向の目を凝視する。
 そこにあるのは、揺るがない想い。
 揺るがない、決意。
 それを見て取った伸宏は、広げたままだった両手を、ゆっくりと下ろした。
「残念だよ、和真」
 くっく、と、口の端を醜く歪ませて。
「同じ淵を覗いたお前なら、きっと共感してくれると思ったのだがね」
 一歩。
 伸宏が、近付いた。
「“白”のお嬢さん、さっきの質問の答えだが」
 妙な名指しで呼ばれたマークスが、びくりと体を強張らせる。それほどまでに、纏う狂気は重かった。
「実に、簡単なことだ。そう、実に」
 日向も、一歩進み出る。
 空気が、ずんと圧してきた。

「私は、BLACK=OUTだからね」

 一瞬だった。
 端に立つ伸宏を中心に、円形の展望室がぐるりと紫炎に包まれる。同時に押し寄せる、怨嗟の波。視界が、四肢の全てが紫苑に染まる。
「さあ」
 実に楽しそうに、伸宏は歌う。
 聴衆を魅了せんと、両手を大きく羽ばたかせ。
「始めようじゃないか。この場の雰囲気を“書き換え”た。“白”の愛(ディアー)テクニカルは少々やっかいなのでね。和真、お前が自発的に戻るとは思っていない。だが、戻らなければならないようにしてあげる!」
「ああ、終わらせてやるさ! こんな、戦いはっ!」
 日向は吼える。
 そして、威容の狂気へと疾駆した。
 続き、神林、宮葉小路、マークスも往く。
 迫り来る息子と、その仲間を視界に収めたまま、伸宏は円形の展望室の端に沿うように動いた。
 その動きを読み、マークスの銃が火を噴く。
「そんなもの」
 当たるわけがないだろう、と、伸宏は軽快にさえ思えるステップで回避した。
 その、先へ。
「だぁらっ!」
 日向が、研ぎ澄まされたその一閃を見舞う。
 だがそれは、伸宏の――左手に握られた、長剣に受け止められた。
「甘いぞ、和真」
 伸宏は受けた剣を弾き、右手を沿え、左から右へと空を斬る。生じた剣圧にメンタルフォースが乗り、日向へ迫るその勢いは止まらない。
「っく、レジストっ!」
 右手の剣を前に構え、衝撃を緩和する。それでも視界が、激しく揺れるほどの威力。

“それは、死”

 声は伸宏のもの。
 日向は悟る。“あれ”はレジストのタイミングをずらすためのもの。本命は、次――!
 そう認識した直後には、下から突き上げる紫色の奔流に撃ち抜かれていた。
「和真!」
「和真さん!」
 宮葉小路の術と、式神と、そしてマークスの銃が伸宏を牽制する。
 くっと吐き捨てて伸宏が飛び退いたその隙に、神林が倒れる日向を護るように前へ立った。
 残る二人も、それぞれ日向を取り囲む。
「マークス、治療を」
「はい、宮葉小路さん!」
 マークスは屈んで抱き起こし、日向の胸に手を当てた。
「ディアー-インターミディテッド-キュア-セィ」
 その手の接する場所から、黄金に輝き傷が癒えていく。
「マークス……」
「はい、もう大丈夫」
 にっこりと、笑みを浮かべるマークス。
「この“雰囲気”は……?」
「距離ゼロなら、マークスの制空圏内だ。雰囲気には左右されない」
 それより、と続けて宮葉小路が言った。
「解ってる。戦えるさ」
 傷口を押さえながら、日向が立つ。まだ少し痛むらしい。
「何故戦う、和真」
 伸宏は問う。日向は答えず、踏み込んだ。
「お前には、もう何も残っていないだろう」
 逆袈裟に斬り上げるも、弾かれる。
「そうやって戦って、何が残る」
 すぐに日向は、右へと跳ねる。後ろからは、神林が大太刀で迫ってきていた。
「何が残るかなんて、関係あるかっ!」
 神林の攻撃も、伸宏には当たらない。大振りが災いし、軌道を読まれ、避けられる。
「勝とうとも負けようとも、お前には何も残らない」
 回復が期待出来ないマークスは、ひたすらに銃で援護している。動きさえ封じれば、当てるチャンスは生まれるはずだ。
「ここに来れば、お前の生には意味がある。お前の存在に、意味がある」
 そして生まれた、僅かな隙に、宮葉小路が渾身のテクニカルを叩き込む。その間にも、右手は忙しく印を描き続けて。
「だが、そこにいるお前に何の意味がある。虚しく消えていくだけの、儚い存在のお前が」
 その絶対なテクニカルも、伸宏は剣一本で易々と斬り散らす。その動きは、華麗にて鮮烈。
「お前もデータを見たなら解るだろう。マインドプロテクトの無いお前は……」
 伸宏の、剣の柄が激しく光る。同時に発する、紫紺の衝撃波。吹き飛ばされた日向たちは、幾度も地を跳ねた。
「……元に、戻れないのだからな」

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