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BLACK=OUT

第四章第四話:紅の絶撃

 魑魅魍魎の蠢く街。
 見上げれば一面の曇天。
 圧し掛かる重圧は、これまで駆けたどの戦場よりも突出している。

 ε4区は、主にオフィスが集中している。
 それが、被害の拡大を防いだ不幸中の幸いだった。
「四宝院、区民の非難状況は?」
 エレナが、インカムを通じて本部へと連絡を取る。
『ほぼ完了してます。残る区民も、区外へは未だですが暫定安全圏までの脱出は完了しとりますから』
「なら……」
 日向がぐっと肩を回している。
「思う存分暴れてもいい……ってこったな」
「あ……あのぉ日向さん、ほどほどにしてくださいね」
 苦笑いしながら、マークスが釘を刺す。
「エレナ、区民の保護が必要ないなら、全員で固まって動いた方がよくないか?」
 腕組みをし、周囲をちらちら見ながら宮葉小路が提案した。
「ああ、そうだね。……和真、ってなワケだから、暴れるのはいいけど消えるんじゃないよ」
 ちっ、と舌打ちし、日向はシタールを右手に構えた。
「わーったよ……向こうでお客さんが待ってるみてぇだし、行くぜ!!」
 チームメイトの返事も聞かず、日向は駆け出した。
 残る三人も、もう慣れている。
 無言で彼に続き走っていった。

 斬った魔物は幾千。
 放つ砲火は幾万。
 数限りない剣戟は、戦意と言う名の刃を少しずつ削り取っていく。
 メンタルフォースでは、元より戦意と威力は同義。
 力ではない、別の物が今の彼らの真の敵。
「ちぃっ……どんだけいるんだよ、っかやろう!!」
 斬っても斬っても。
「く……っ……、キリが無いぞ、これじゃあ!」
 放てども放てども。
「い……いい加減回復が追いつきません!!」
 撃てども撃てども。
 そこにあるのは繰り返し。
 何度も見る悪夢。
 絶え間無き攻撃、絶え間無き死。
 無限に続くかと錯覚させる黒い走馬灯。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 さしものエレナも息が上がっている。
 戦闘開始から1時間近くもインターバル無く戦っているのだ。
 カウンターを駆使し、最小限の動きで敵を斬る日向。
 自分の立ち位置を動かず、銃による支援と術による援護を主とするマークス。
 群れる魔物を、天をも焦がす業火で焼き尽くす宮葉小路。
 この三人に比べ、一撃強打の術しか持たぬエレナは、例え弱くとも数多くいる敵と戦うのは不利である。
(エレナ……さすがに疲労が溜まってきたか)
 ペースの落ちてきたエレナに気付いた宮葉小路は、すぐに隊列を変更させた。
「日向! 遊撃だ!! 切り込んで相手を崩せ!!  エレナは戻れ、出過ぎだ! 日向を抜けたマインドブレイカーを狙え!!」
「仕切ってんじゃねぇよ!」
「……はいよっ!」
 指示に応じてすぐに立ち回りを変更する二人。
 文句を言いながらでも、日向は素直に指示に従っている。
(……ま、和真は自分が納得出来ないと絶対に動かないから)
 エレナは思う。
 何だかんだ言いながら、日向なりに宮葉小路を信頼しているのだろう。
「宮葉小路さん、左から20ほど来ます! 前方は日向さんに任せて先に新手を!!」
「く……日向だけじゃ手が回らないじゃないかっ……!!」
「うっせ! 『ルルウェイト』と『ウォーリア』を連式で詠め! てめぇなら楽勝だろうがっ!!!」
「言われなくてもっ!!」
 マークスが後方から状況を認識、把握し、細部をフォローする。
 チームリーダーはエレナだが、どうしても前線に出ると周囲に気を配れなくなってしまうのだ。
「ソロウ-アッパー-スロウ-アイス-バトルアクス-ロングディスタンス-セントラル-セィ-エクステンシヴ-リザーブ……」
 近づいてくる。
 中~大型が7、小型が18。
「ロンリィ-アッパー-ロワー-ガード-ロングディスタンス-セントラル-セィ-エクステンシヴっ!!」
 目前、エレナに化け物たちが襲い掛かる……!!
「砕けろ! ルルウェイト!! リリース、ウォーリア!!!」
 マインドブレイカーの集団、その中央に撃ち込まれる青と蒼の閃光。
「ギャアアアアアアアァァァッ!!!!!」
 目も眩む光、敵の断末魔の声が街路に響く。
「9割……ってところか。エレナ、掃討頼む!」
「ああ……!」
 宮葉小路の術から生き残ったのは、大型のマインドブレイカー2体。
 大型とはいえ程度は低く手負い、エレナの敵では無い。
 立ちはだかる敵の前に飛び出すエレナ。
 マインドブレイカーは、右の鉤爪を彼女に向かって振り下ろす。
 だがそれはエレナに触れる事は無い。
 ブン、という風きり音を、エレナは頭上に聴いた。
 普段以上に低い姿勢からの回転蹴りは、そのまま攻撃を避け反撃へと転ずるカウンターに変化するのだ。
「デカイの、邪魔だよ! フォートカルト流っ! サムラウンズ!!」
 たった一度の攻撃で。
 ダメージを受けていたとはいえ、2体もいた大型のマインドブレイカーは消滅した。

「四宝院、侵食度は!?」
 エレナがインカムに向かって叫ぶ。
『現在60%です。残りは北東方向に集中しとります』
 あれだけ戦って、未だそれだけの敵が残っている……。
 ほとんどは小型種だろうが、それでも気が滅入るエレナだった。
『エレナさぁん、北西方向500メートル位置にぃ、クラスAを中心としたMBアトモスフェアが観測されますぅ!』
 慌てた様子でメイフェルが伝える。
 クラスAと言えば、先ほどまでのマインドブレイカーに比べれば異質と言えるほどの力だ。
 考えられるケースは唯一つ。
「……いよいよ母体の登場かな?」
「これ以上の消耗戦は不利だ。一気に母体を叩いた方がいい」
 宮葉小路の言葉に、全員の表情が引き締まる。
 駆け出す直前、エレナは空を仰ぎ見る。
 目の前まで迫っている、低く重い黒雲が、そこには在った。

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