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BLACK=OUT

第九章第三話:黒と、友と

 ひとつ、嘘を吐(つ)いている。
 それが、最後には彼女を傷付けることは、十分に判っていたはずだ。
 それでも、真実(ほんとう)を伝えることが出来なかった。

――折角戻った笑顔を、握りつぶすくらいなら。
 道化にでも、なってやる。

「マークスには、言うなって?」
 MFTの作戦室。
 マークスはまだ目が覚めた直後で、一人病室で休んでいる。
 今ここにいるのは、彼女を除く5名。素っ頓狂な声を上げたのは、宮葉小路だ。
「……戻ったんだ、あいつ」
 日向の一言に、宮葉小路は虚を付かれた形で言葉を失う。
「今、俺が『BLACK=OUTを抑える手段が無い』なんて言ったら、きっとまた元に戻っちまう」
「でも、それじゃ問題の根本的な解決にはならないでしょ?」
 淡々と話す日向に、神林が応じる。確かに、先送りの解決策に過ぎない。
 
 日向のBLACK=OUTが目覚める。
 そうなれば、間違いなく日向和真本人の主人格は消滅する。
 今目の前にいる彼は、違う誰かに書き換えられるのだ。
 記憶は保持されるが、物事の順位付けや価値判断、行動理念や行動パターン全てが。
――BLACK=OUTのそれと、入れ替わる。

「そうだ、BLACK=OUTを取り出してしまえば……」
「馬鹿言うな」
 ぽん、と手を叩いて提案した神林に、宮葉小路が即答する。
「なんでよ。そりゃあメンタルフォースは使えなくなるかも知れないけどさ」
 不満そうに唇を尖らせる神林。
「そういう問題じゃない」
 難しい顔をしながら、宮葉小路が神林に視線を向けて説明を始めた。
「もしBLACK=OUTがいなくなったら、精神は『忘れたい記憶(ブラックアウト)』に押しつぶされる。それを受容していたのがBLACK=OUTなんだから、当然だ」
 四宝院もメイフェルも、黙ったまま宮葉小路の説明に耳を傾けている。
「それを失ったら、ブラックアウトの重圧に耐えかねて、和真自身の人格が分裂する」
 いわゆる、精神分裂症。
 分裂した人格同士が主人格の座を争い合い、分かたれた人格がそれぞれ分かれ始め……やがては、細分化された人格の欠片となって、発狂するか自害に走るか。いずれにせよ、待っているのは、死。
「じゃあダメじゃん。和真死んじゃう」
 手が、無い。
 助かる見込みの無い日向を前にして、マークスに真実が話せるだろうか?

 否。出来ようはずも、無いだろう。

「時間が経ったら、状況が好転するかもしれません」
 四宝院が、真剣な面持ちで言葉を挟んだ。
「それに、これは日向さんの問題ですし」
「日向さんの意志がぁ、重要、ですよねぇ」
 メイフェルも、四宝院と同意見のようだ。
「だけどな……」
 なおも渋る宮葉小路に、日向はぽつりと呟いた。
「俺は、傷付けたくない。マークスも、お前らも」
 ひとつひとつ、言葉を選ぶように。
 その顔からは悩みが色濃く伺えるが、紡ぐ思いには決意が感じられる。
「だから、出て行くつもりだったんだ、ここから。でも……」
 部屋が、しんと静まり返る。日向の声だけが、この静寂に波紋を描くかのように。
「あいつ、言ったんだ。俺と一緒に居たいって。今まで、何も、自分の願いを口にしなかったあいつが……」
 だからこそはっきりと見えた。
 自分が何をしたいか。
 自分は何をすべきか。
「……俺のBLACK=OUTは、親父によって作られて、目覚めさせられた。何とか出来るとしたら、親父しかいねぇ」
 その声は、もう怨嗟など含まない。
 今の状況で、彼ら二人が会うことは、即ち戦いを意味する。
 それでも。
 生きるために、生きて何かを守るために。

 今が、戦うときなのだ。

 ふぅっとため息を吐いて、宮葉小路が言った。
「やれやれ、やっぱりそうなるのか」
「ま、和真をこんなにしてくれちゃった責任、ちゃんと取ってもらわないとね」
 神林も、好戦そうな笑みを浮かべて拳を握る。
 共に生き、共に在る。

 彼らは、チーム。
 メンタルフォーサー・チームだ。

「博士、準備完了しました」
 第三ビル。日向伸宏に傅(かしず)く、黒い青年。
「β3区から5区、δ1区から7区、ε2区から6区に第二機動中隊第3小隊から第21小隊まで配置完了。φ8区には第一機動中隊を配置済みです」
「φ地区の動きは?」
「ありません。こちらの動きを察知された気配も、皆無です」
 顔を上げず答える青年を見下ろし、日向博士は次の命令を下した。
「では、展開中の全軍に伝えよ。明日一七○○、一斉攻撃を行う。第二機動中隊は市民を含む全てを攻撃対象に取れ。第一機動中隊は第二機動中隊の攻撃開始を確認後、攻撃を開始。攻撃対象は……」
 ゆっくりと。
 一面ガラス張りの窓へと体を向き直らせて、日向博士は眼下を眺める。
「対象はBLACK=OUT Project。メンタルフォースの使用を許可する」

 明日の夜には、ここから見える全てが闇になる。
 人の心、その真実は。

――闇の中にしか、無い。

「止められるか? 紛い物の和真よ」
 込み上げる笑いを押し殺し、心底愉快そうに日向博士は呟く。
「全てを封じる力、『封神の力』。その力で、私は全ての人類の闇を呼び戻す!」
 宵闇。ガラスに映る、純粋な狂気――。

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