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BLACK=OUT

第二章第五話:白が撃つ

 その廊下は、歩を進めるごとに闇を深めた。
 重すぎる黒が纏わり付き、呼吸さえも拒まれるかのようだ。
 異世界……この形容が、もっとも当てはまるだろう。
 ともすれば、踏み出す足さえ固まりそうな空気を、しかし迷い無く進む日向。
 その後ろを、マークスが小走り気味についていく。
 二人の間に言葉は無い。
 一人、戦いの悦びに。
 一人、戦いの緊迫に。
 形は違えど、互いに自身の感情に飲み込まれているのだ。
 そして……。

 日向は、歩を止めた。

「……これは!?」
 襲い掛かってきたマインドブレイカーを、丁度倒し終えた時、エレナが何かに気付いたかのように声を上げる。
「ん? ……これは……まさか……」
 宮葉小路も、気付いたようだ。
「ふー、いや、まさかとは思ったけど……」
「ああ、大当たりみたいだな」
 宮葉小路が、やれやれ、と両手を上げる。
「行こうか、利光」
「ああ……ったく、野生児め」
 本部に連絡を入れ、二人は駆けていった。

 幅2メートルほどの廊下の中央に、学生服姿の少女が立っている。
 歳はマークスと同じくらいだろうか。
 長いストレートの髪は、腰にまで届いている。
 20メートルは離れている上、相手が俯いているので顔は判らない。
「母体だな?」
 しん、と静まり返った廊下に、日向の声が響く。
 短い残響は空気を震わせ、少女の髪を揺らした。
 す……と。
 髪が擦れる音も無く、彼女が顔を上げる。
 そこには。
――紅い目が二つ、輝いていた。
 人間から逸脱したその容姿に、びくりと後ずさるマークス。
 しかし、日向は意にも介さず続けた。
「俺はMFTの日向だ……てめぇを……」
 彼の双眸に、紫炎が宿る。
「狩りに来た」
 その一言が引き金となり。
 母体は二人に向け疾走を開始する。
「下がれ、マークス!」
 叫び、自らも駆ける日向。
 彼に母体の右腕が伸びる。
「ちぃぃっ!」
 右に持ったシタールで、かわしつつ受ける。
――ずん、と重いその一撃は、日向の態勢を崩すのに充分だった。
「ぐ……っ!!」
 辛うじて、左足で踏み耐える。
 だが、空いた胴を紅き両眼は逃さない。
 左手が、下から上へと打ち上げられた。
「がはっ……!」
 まともに食らった日向が、脇にある古書店のガラスに右肩から叩き付けられる。
「日向さんっ!!」
 衝撃で、ガラスに蜘蛛の巣を描きつつ、日向は地に落ちていく。
「このままじゃ……」
 日向の受けた衝撃は相当だった。
 体が痺れ、すぐに動く事は叶わない。
「……ディアーインターミディテッドケアファースモールセントラルセィー……」
 マークスが、日向に銃を向ける。
「お願い! ケアスロウ!!」
 黄金の弾丸が、日向を目がけ撃ち込まれた。
 それは、狂いなく日向の胸を貫く。
「う……っ」
 その衝撃で意識が戻ったか、日向が軽く呻く。
 そして、撃ち抜かれた胸を中心に、彼の傷が癒えていった。
「うん、効いてる。次……っ!」
 マークスが母体に銃を向ける。
「離れなさいっ!!」
 連射式である彼女の銃の特性を生かし、母体へと弾幕を張る。
 堪らず、母体は後退した。
「日向さんっ!」
「るっせ! 解ってる!」
 ほぼ傷の癒えた日向が、母体とマークスの間に入るように起き上がった。
「好き勝手やりやがって、んのやろぉ!」
 日向のシタールが、紫に燃えた。
 踏み込みから、素早く敵を突く。
「貫く! 紫炎撃(しえんげき)!!」
 シュッ、という音と共に繰り出される剣戟は、しかし母体の左手で受け止められた。
(……!?)
 日向の見開かれた目に、「念」を込めた母体の右腕が突き出される。
 ドンッ!!
 弾かれるかのように吹き飛ばされた日向は、そのまま冷たい廊下を滑走し、マークスの足元で止まった。
 内臓がやられたのか、唇から鮮血が溢れ出している。
「日向さんっ! 今治療しますから!!」
 攻撃力でも、防御力でも、母体は日向を上回る。
 あまりマークスには協力を仰ぎたくはないのだが……。
「マークス、これから俺の言う通りにしろ」
 起き上がり、マークスに背中で話しかける。
「俺が出たら、あの術を詠唱しろ」
「え? でもそれじゃ日向さんの治癒が……」
「構わねぇよ。発動までは回避に専念する。それから……」
 不安そうな顔をするマークスに、日向は手短に説明を済ませた。
――もう、この手しか残ってない。
「だ、ダメだよ、そんなの!」
 マークスが首をブルブルと振る。
「だって、術の詠唱中は、他の術詠めないんだよ!?」
「だから、避けてりゃいいだろうが」
「ずっと避けていられないよ! それまでに詠唱ができなかったら……」
「いいから!」
 日向が、なおも言葉を続けるマークスを制する。
「お前なら出来ると思ってっから言ってんだ! 落ち着いてやりゃあいいんだよ!」
――日向の目に迷いはなく。
 その右足は、マークスを残して地を蹴った。

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