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BLACK=OUT

第二章第四話:白の銃舞

 子供を抱くような格好のまま、日向はマインドブレイカーに背中を貫かれた。
 痛みが、熱さとなって意識を蝕む。
「……おい、坊主……さっさと……逃げろ……」
 掠れ掠れ紡ぎ出される言葉は、しかし突然の出来事にパニックになっている子供には届かない。
(見事に急所に当ててくれたぜ……んのやろ……)
 徐々に白んでいく視界には、怯え腰を抜かしてしまっている少年の姿。
 凶刃を振るったマインドブレイカーが、その爪をずぶりと抜いた。
 その痛みに、一瞬意識が引き戻されるも呼吸が難くなる。
――次が、来る。
 振り上げられた爪が、再び振り下ろされた、その時……。
「やらせないっ!」
 透き通る声と共に、どこからともなく弾丸が撃ち込まれる。
「グッ……!!」
 呻き、異形は後退した。
「………………?」
 顔を上げた日向の目に映ったのは……。
「大丈夫ですか、日向さん!」
 開け放たれたドアの、白い霞に立つマークスだった。
「……っ大丈夫に決まって……んだ……ろ……」
 そこで、耐え切れなくなったのか左手をつく日向。
 不意を付かれたマインドブレイカーだったが、新たな獲物に向き直っている。
「よくも日向さんを……」
 いつになく、マークスが怒りを露わにする。
「ソロウインターミディテッドコールドユー……!」
 マークスの詠唱と同時に、マインドブレイカーが駆ける。
 その姿は、まるで歓喜するかのように。
 シュッ、という鋭い音を伴い、鈍く光る爪が伸ばされる。
 だが、その爪は彼女まで届かない。
「許さないからっ! コールドメモリズ!!」
 撃ち出された弾丸がマインドブレイカーに命中し弾ける。
 その欠片が再び異形に終結し、氷結する。
「……砕けて」
 その言葉と共にマインドブレイカーは四散し、消滅した。
 完全に消えるのを見届けて、マークスがバタバタと日向に駆け寄る。
「だ、だだだ、大丈夫ですかっ!?」
「騒ぐなバカ……傷に響くだろうが」
 荒く息を吐きながら、日向が応じる。
「お、お兄ちゃんが……ぼ、僕をかばって……」
 まだパニック状態なのか、少年がしどろもどろに話す。
 マークスは、少年に向き直り、
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがお兄ちゃんを治してあげるからね」
と髪を撫でながら言った。
 にっこりと、優しく。
 彼女自身の雰囲気もあって、ほどなく少年は落ち着きを取り戻していった。

「ディアーロワーエイドインセィー……ファステイド」
 傷付いた背中にそっと手を当て、マークスが詠む。
 触れた掌から、暖かい光が日向の中へと注ぎ込まれる。
 周囲の大気が、呼応するかのように黄金に光った。
「……うん、もうこれで大丈夫ですよ」
 ほっ、と息を吐き、マークスが言った。
 心なしか、額に汗が浮いている。
「………………」
 そんなマークスの顔を、じっと日向が見つめる。
「? どしたんですか?」
「おまえ……」
 きょとん、とするマークスに、日向は言った。
「意外にやるんだな」

  救助隊の到着を待って、日向たちは建物を出た。
「お兄ちゃーん! ありがとー!」
 救助隊を待つ間に、すっかりと打ち解けた少年は、日向に向かってぶんぶんと手を振った。
「日向さんって、意外と子供に好かれるんですね」
「ちげぇよ。お前に懐いてただろうが」
 少年を見送りながら、二人は会話を交わす。
「ちっ、変なトコで足止め食らっちまった。急ぐぞ」
「あれ? 私、一緒に行ってもいいんですか?」
「ダメだって言ってもついてくるつもりだろ? お前一人置いていくと、エレナの奴がうるせぇし……」
 言葉を切り、日向が続ける。
「貸し作っちまったからな」

『はい、無事男の子は保護されました。日向さんのOKが出たので、これから組で捜索を再開します』
「ご苦労さん。日向が駄々こねたら、撃ってもいいからね」
 マークスからの報告を受け、エレナはインカムのスイッチを切った。
「ふん、結局あいつも一人じゃ無理なんじゃないか」
 それ見たことか、と宮葉小路が言う。
「大体、自分勝手なんだよ、あいつは。最初は調子いいが、都合が悪くなったらマークスと組むなんて」
 忌々しそうにぼやく。
「まあまあ、どうせマークスが押し切ったに決まってるよ。それに、あいつにとって、マークスに助けられたのは『貸し』だからね。断りきれないだろ、やっぱりさ」
 苛立たしそうな宮葉小路とは対照的に、どこか上機嫌なエレナ。
 鼻歌まで歌っている。
「なんでそんなに機嫌がいいんだ、エレナは」
 不機嫌極まりない宮葉小路にとって、そんなエレナの態度は鼻につく以外の何物でもない。
「そういう利光こそ、なんでそんなに不機嫌なのさ」
 エレナがいつも人をからかう時のような、悪戯っぽい目を向けて言った。
「折角、久しぶりに二人っきりでの任務なのに」
 一瞬、目をぱちくりとさせた宮葉小路だったが、すぐに顔をボッ、と真っ赤にさせた。
「な、ななな何て事を言うんだ! にっ任務中に!!」
 しどろもどろ言葉をこぼす宮葉小路を見て、エレナがニターっと笑う。
「さて、アタシ達も行くよ、利光」
 先に立って歩き出すエレナの後ろ姿を、宮葉小路は混乱と困惑の入り混じった、何とも言えない顔で見つめていた。

「マークス」
「はい?」
 一方、その頃。
 日向たちは、母体の捜索を続けていた。
「……近い。大きな力を感じる。……この先だ」
 無人となった駅ビルの、長く伸びる廊下は閑散としていて。
 底は暗く、まるで異物であるかのように二人の存在そのものを拒んでいるかに思える。
「……行くぜ、マークス……」
 廊下の先、何処までも続くかのような闇に向けて、二人は足を踏み出した。

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