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BLACK=OUT

第四章第七話:紅き守護者

 絡み合う螺旋、切り取られるのは皆刹那。
 一進一退だった攻防が、ここへきてその天秤を傾ける。
「ぐ……っ!」
 日向たちに、余力は残されていない。
 避ける気力も、防ぐ鋭気も。
 それほどまでに母体の力は圧倒的で、僅かな戦意さえ、砂漠に落ちる水滴のように容赦なく吸い取られていく。
「メディカルスロウ!!」
「くそっ……ヴェニアス!!」
「バカ野郎! この状況で、んなクソでかい術詠むな!!」
「和真、アンタこそしっかり抑えてな! それよりマークス、回復を……!!」
 敗北は、即ち死を意味する。
 目前に迫るそれは、チームに焦りを与え、そして命綱である連携意識すらも奪っていく。
 崩れた均衡は、もう戻らない。

「あかん……現場、もうメチャクチャや」
 B.O.P.のオペレーションルームで、四宝院は歯を噛み締める。
「このままじゃ……みなさん……」
「アホ言うな。俺らが冷静にならんで、誰が冷静にサポートするんや」
 そうは言うものの、彼の表情からは容易に焦燥が見て取れる。
 送られてくるデータは膨大。
 情報を集めて読み取り、分析する。
 それが四宝院らオペレーターの役割だ。
 四宝院もメイフェルも、メンタルフォーサーではない。
 故に、どう足掻こうとも前線で戦うことは出来ないのだ。
 彼らは、彼らの出来ることをするしかなく。
 彼らは、彼らの出来ることしか出来ない。
 それがただ、ひたすらに歯痒かった。

 体力、気力共に底を尽きようとしていた。
 MFT四名のうち、既に二人は膝を付いている。
 その中で、悠然と立つ絶望。
「エレナさん……」
「利光と和真、二人とも動けないとはね……まいったな、これは」
 遊撃として真っ先に切り込む日向は、最も敵の標的にされやすい。
 逆にマークスは、回復と援護をするという立場上、チームの生命線でもある。
 マークスのガードをエレナが務め、日向が倒れた後、守りの手薄な宮葉小路が狙われたのは必然だった。
「く……そっ……」
 日向も宮葉小路も、未だ意識はある。
 しかし、腕の一本も自分の意志で動かせないのだ。
 エレナはこの状況で、唯一の突破口を探す。
 彼女が倒れれば、どう考えてもマークスに勝機は無い。
 母体は、一歩、また一歩と二人への距離を詰める。
 腕の長さを考えれば、敵の間合いは本体から約5m。
 ゆらり進むその足取りでも、あと数歩で制空圏に突入するだろう。
「マークス……『オペレーション・ディア』唱えられる?」
 オペレーション・ディア……それは、愛の属性を持つ最上級テクニカルだ。
 そのレベルは、BLACK=OUTを直接召喚するのに次ぐ威力を持ち、全ての対象を完全に癒す。
 だが、その威力ゆえ、詠唱時に必要な精神力も桁違いで、且つ感情が極端に高揚していないと発動しない。
 詠唱さえ出来るなら、あるいは勝機が見えてくるかもしれないのだが……。
「精神力さえ足りていたなら……発動は出来るでしょうけど……」
 申し訳無さそうにマークスが答える。
「あと、『ファステイド』が数回詠めるくらいですね……」
 低級テクニカルを数回分……到底、最上級詠唱に必要な精神力には届かない。
 ここへ来て策を見出せないまま、母体は尚も近づいてくる。
 敵の間合いまで、あと三歩、二歩、そして一歩……!!

「止まれ」

 声が、聴こえた。
 頭上から響くそれに顔を上げると、目に飛び込んでくる黒いロングコート。
 地上20メートルほどだろうか、ハイウェイのために建設された陸橋の上に立つ男がいる。
「あ……貴方は……っ」
 驚愕に、マークスが息を呑む。
 重く垂れ込める空よりも尚重く。
 黒く雷鳴を予感させる暗雲よりも尚黒い。
 誰であろうと、一度対峙した者ならば見紛えまい。
 露店街で邂逅した、黒き死者の使者。
 無口なる饒舌。

――グラン=シアノーズ……。

「マークス、こいつが例の?」
 庇うように立つエレナは、しかし振り向かずに尋ねる。
 彼女の本能が、あれは危険なものだと告げていた。
「気をつけてください。あの人は、詠唱のシステムから違う……」
 三人がかりでも決定打を与えられなかった相手だ。
 手負いが二人という今の状況では、話にならない。
「アンタがグランだね……母体がアンタの言葉を聞くということは、こいつらを差し向けていたのはアンタかい?」
 今は会話で時間を稼ぐしかない。
 そう判断したエレナは、グランに話しかけた。
「やっぱり……ノースヘルが絡んでるんだね」
「よく調べたな。流石は黒の機関……と言った所か」
 実に、実に興味無さ気に男は答える。
「グ……グラン……てっ……めぇかぁっ……」
 日向が掠れた声を絞り出した。
「やっぱ……あいつが……絡んでんだな……っ!?」
 吐息さえ、血の匂いがする。
 今立ち上がれば、彼の身体は壊れるだろう。
 だが日向にとって、自分の傷など考慮するに値しないものだった。
「その通りだ、日向和真。 全ては『あの方』が、貴様を目覚めさせんが為に行ったもの。 ……貴様に残る『鍵』を壊すためのな……」
「んの……やろ……」
 体が悲鳴を上げるが、その声は日向には届かない。
 動かぬ自身を、強い感情だけで引っ張り上げる。
「『鍵』、壊させてもらうぞ……やれ!」
 グランの声に呼応し、母体の腕が槍となって日向を襲う。
(――――――!!)
 刹那、閃光が奔った。
 雷の轟音と共に視界に浮かび上がったのは……

――胸を刺し貫かれた、エレナの姿だった。

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