BLACK=OUT
第六章第二話:白い芽生え
「……僕が、か?」
宮葉小路が、自分の鼻を指さして目を丸くしている。
「ああ、そうだ。俺はこいつとは知り合いだし、この中じゃてめぇが一番MFTが長ぇだろ」
当然、と日向が言い放つ。
「しかし、僕はテクニカルユーザーだ。カンバヤシ君はインファイターだろ?」
「カンバヤシじゃない、カミバヤシ!」
自分の姓を間違えられた神林が、二人の会話に口を挟んだ。
「よく間違えられるんだよねぇ。いい? 利くん。
ウチは由緒正しき神囃(かみはやし)の直系なの。今は表記こそ神林になってるけど、読みは受け継いでるんだから。
神林(かんばやし)家とは縁も所縁も無いんだから、間違えないでね」
奥で茶を啜りながら、神林は一気に言った。
もちろん、茶を入れたのは四宝院だ。
「あ、す……すまない」
慌てて侘びを入れる宮葉小路。
どうやら、神林は姓を読み間違えられるのが嫌いらしい。
「おい命。利くんって何だよ利くんって」
横目で日向が突っ込みを入れる。
「ん? だって下の名前、利光でしょ? じゃあ利くんじゃん」
「意味わかんねぇよ……」
ハァ、とため息を一つつき、日向は宮葉小路に向き直った。
「まあ、とにかくだ。命の近接戦闘力は、はっきり言って俺と大して変わんねぇ。
こと破壊力だけなら、俺よりも上だ」
なら、と日向は続ける。
「対テクニカルユーザー戦を想定した訓練の方が必要だと思うぜ。どう思う? マークス」
「……え?」
突然話を振られて、マークスは面食らった。
「え? じゃねぇよ。命のトレーニングの方向性だ」
「え……えと……」
マークスは、髪を触りながら考えている。
しばらくして、遠慮がちにこう言った。
「日向さんがトレーナーを務めるんじゃ……ないんですか?」
「いや、だから……」
しかし、そこで日向は口をつぐんだ。
マークスの……寂しそうな顔を見て、言葉を失ったのだ。
「……とにかく」
もう一度、日向は宮葉小路へと目を向ける。
「命はてめぇに任せる。インファイトの訓練は俺が担当するから」
そう言い残すと、日向はさっさと作戦室を出て行ってしまった。
「……何なんだ? あいつ……」
宮葉小路が、日向の不審な動きをいぶかしむ。
「なんや、日向さん……」
四宝院が、神林の湯呑みを片付けながら言った。
「神林さんの事、避けとるように見えるなぁ」
夜。
一通りの説明や備品の受け渡しを終えた神林を、マークスが部屋まで案内していた。
「それにしても……」
神林が、前を歩くマークスに話しかける。
「すごいね、ここ。噂には聞いていたけど、ちょっとしたコロニーね、B.O.P.って」
キョロキョロと物珍しげに周囲を見回す神林。
そんな彼女を見て、苦笑しながらマークスが答える。
「はい。特にMFTは全員、ずっとここに詰めていますから」
たまに外出したりしますよ、と付け足して、それが好きだったエレナを思い出した。
「えっ? 外出出来るんだ。良かったぁ、さすがに缶詰はカンベンだったから……」
てへへ、と舌を出す神林。
どうやら彼女も、一所にじっとしているのが苦手なタイプらしい。
「神林さんは……」
「ああ、名前でいいよ名前で。言い辛いでしょ、あたしの苗字」
「じゃ……じゃあ、命さん、で」
「うんうん、それで、何?」
「えっと……あの、ちょっと気になったんですけど……」
少しの躊躇の後、マークスは口を開いた。
「日向さんとは……どういう……?」
言ってから、思わず下を向いてしまった。
やめておけばよかった、と後悔するも、遅い。
神林はと言えば、そんなマークスを見て変な笑みを浮かべている。
「ははーん、なるほど、そういう事ね」
「な、なな、何がですかっ!?」
「ううん、べっつに~……そうねぇ、何と言ったらいいか……」
暫し考えを巡らせ、神林は言った。
「昔ね、ちょっとだけ付き合ってた」
「えええっ!? つ、付き合ってたって、ひゅ、日向さんと……ですか?」
「うん、そうだよ」
聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
内心想像はしていたが、よもやここまで直接的に言われるとは思わなかった。
何故か解らないが、ショックが大きい。
「ま、安心しなよマークスちゃん」
ぽんぽん、とマークスの肩を叩き、神林が言う。
「もうとっくの昔に別れたしさ、あたしは未練無いし」
「あああ安心って何がですかぁ!?」
「落ち着きなって。声、裏返ってるよ」
立ち止まり、深呼吸。
……駄目だ、落ち着かない。
「おっと、ここかな?」
神林がドアに備え付けのコンソールに表示されたネームを見て言った。
そこには「Welcome Mikoto=Kamibayashi」と書かれている。
「案内ありがと、マークスちゃん」
「い、いえ……変なこと訊いて、すみませんでした」
「いいよいいよ、昔の女が現れたら、そりゃあ気にもなるって」
「そんなんじゃ……!」
「あはははは。ま、ガンバんなよ。あいつ無愛想だけど、根はいい奴だから」
それじゃおやすみ、と言って、彼女は部屋に入っていった。
「………………さて、と」
自分も、部屋に戻ろうか。
何故自分は、あんな事を尋ねたのだろう。
きっと、気になったからに違いない。
だが、何故気になったのか。
彼女がMFTに来て、親しげに日向と話すのが嫌だった。
日向が、彼女と話す時、いつもと違う顔を見せるのが嫌だった。
「嫌な子だ……わたし……」
このままだと、いつか日向にだって嫌われてしまう。
「それだけは……いや……」
世界に二人だけならば。
日向は自分を見てくれるだろうか。