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BLACK=OUT

第三章第五話:碧が放つ蒼き弓

 左腕を押さえ立ち上がった宮葉小路の右肩に、式神が止まる。
 慌てて駆け寄り、手当てをするマークス。
「何故立ち上がる……最早、貴様に戦う力は残っておらんだろう」
 男は、微かに眉をひそめた。
「……教えてやる……僕は、そうやって見下されるのが……」
 右手で、宮葉小路が印を描く。
「大嫌いだ!」
 すると。
 先ほど彼自身が受けたように、男の周囲の地面が燃え上がる。
「むっ!?」
 程なく地面が割れ炎の奔流が迸った。
「ぐっ……!」
 すかさず、ガードする男。
 それを待っていたかのように……。
「皇雷火(すめらぎらいか)!!」
 日向の放つ一閃が、男を捉える。
「気は済んだか?」
 振り返り、宮葉小路を見やる日向。
「あ……」
「ここからは反撃の時間だ。いくぞ」
 ふっ、と重心を低くした日向が、男へ向け駆ける。
「愚かな……」
 術を詠もうと、精神集中に入った男だったが、しかし。
「させません!」
 マークスの銃が、男に命中する。
 その、短いやり取りは、だが日向が男に到達するには長すぎた。
「はっ!!」
 日向が、左から横に払う。
 男にとっては胴の位置だが、彼は後ろへ飛び退く事で回避した。
 すかさず日向は、払った手をそのまま前へ突き出す。
 しかし、機敏に反応した男の手刀によってその軌道は狙いを外され、微かに男の左脇を掠めただけだった。
「ちっ……!」
 男は、懐に入ってきた日向に対し、剣を払った右手をそのまま彼の頭部へ向ける。
 屈みこみ、これをかわす日向。
 だが。
「遅すぎる」
 振るった手刀の勢いを殺さず、脇に引きなおして拳を打ち込んできた。
 日向に、逃げ場はない。
「ぐはぁっ!!」
 続けて、本命の二撃目が打ち込まれる。
「日向さん!!」
 大きく吹き飛ばされ、倒れこむ日向。
「っつ……ちったぁ加減しろよ、ったく……」
「バカが、一人で突っこむからだ」
「てめぇに言われたくねぇよ」
 狭い路地では、思うように動けるわけではない。
――こうなったら、狭いという地理条件を逆手にとるしかない。
「マークス!」
「はい!」
 日向が、男目がけて再び疾走する。
「無駄な事を……何度来ようと変わらん」
「そうは……させません!」
 迎撃の姿勢を見せる男に対し、マークスが術を詠む。
「ヴェインロワーディスタンスダークフォグセィー……ディルフォース!」
 駆ける日向の脇をすり抜け、黒い霧が男へと迫っていく。
「無駄な事を……offset」
 先の宮葉小路の術と同じく。
 僅か一言の詠唱により、テクニカルは完全に相殺されてしまった。
 目が眩むかのような……術同士の干渉が収まった時……。

――男の視界に、日向はいなかった。

「!?」
 初めて、狼狽という名の感情を見せる男。
 その時、男の背後で「タン」という小さな音がした。
 その物音に男が振り向いたとき……。
「遅いっ!!」
 既に、男は斬られていた。
「ぐっ……!?」
 横払いの一閃から、技を繋げる。
「士皇冥牙……っ!!!!!」
 紫の光芒を伴い、「突く」よりも「殴る」と表現した方が的確であろう強撃。
 不意を突いたのが功を奏し、確実に男を捉えていた。
「宮公っ!!」
 背後で、すでに複数の印を描き、詠唱準備を進めていた宮葉小路が、目で応える。
「クレストリリース……セィー……行け、式……っ!! 蒼弓の舞(そうきゅうのまい)っ!!!」
 唱え、命じた彼の声に式神が呼応し、敵へと滑空する。
 同時に。
 宮葉小路の手に出現する、蒼い長弓。
 矢を番えず構え、引き絞る。
 そこに、無かったはずの力の矢が出現した。
「終わりだっ……!!!」
 離れ、男へと軌跡を描いていく黄金の矢。
 それは、同じく矢の如く翔る式神と重なり、光の鳥へと姿を変える。
「……くっ」
 あれは危険だ、と。
 男の本能が告げたのか、振り向き迎撃を試みたが、
「どっち向いてるっ!!!」
 日向がそれを許さじと、無警戒な背中を貫く。
「…………っ!!」
 文字通り、光の速さで翔る黄金の鳥に、その一瞬の隙は長すぎた。
 刹那の煌き、その鋭き鏃が男の胸を刺し抜く。
 勢いに押されたか、男は数メートル後方へと吹き飛んだ。
「ぐ……っ……」
 あれだけの術、直撃なら即死である……はずだったが。
「……くっ……お前、往生際が悪いぞ」
 宮葉小路の呟きが示す通り、男は生きていた。
――と、言うよりも。
 何事も無かったかのように、立ち上がったのだ。
「……ゴキブリか、てめぇは」
「そんな……最上級テクニカルの直撃……しかも指向性詠唱だったのに……」
 苛立ち、焦り、困惑……。
 三者三様、少なくとも冷静とは言えない感情が宮葉小路たちを支配する。
――こいつ、化け物か……?
 知らず、宮葉小路は頬に伝う汗を拭っていた。

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