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BLACK=OUT

第四章第五話:紅の渾身

 その場所は、近づくにつれ重みを増す。
 澱んだ空気は喉に絡み、呼吸すらも妨げようとする。
――あまりに、あまりに現実からかけ離れた真実。
 向かう先に見えるのは、確かな違和感を伴った暗い闇。
「こいつは……」
 百戦錬磨の戦士であるエレナも、言葉を失う。
 元は人間であったであろうそれは、しかし断じて人間ではない。
「ダメだ、完全に母体化してしまっている」
 エレナと共に、幾つもの戦場を駆けた宮葉小路でさえ、ここまで完全な母体を見るのは初めてだ。
 ゆらりと立つその姿に生気は無く、だらり垂れ下がる両の手に力は無い。
 ただ、ただ。
 濁った双眸が、純粋な殺気を持って突き刺さる。
 母体である彼の周囲には、取り囲むように群れる幾百の異形……マインドブレイカーの姿があった。
「利光、露払いを。その残存は和真で抑えて。アタシは本体を狙うから」
 一撃強打を持つエレナが母体を狙う……確かに合理的だが、それも宮葉小路と日向の二人が機能してこそのもの。
――エレナ一人では、到底あの数の敵に対応出来ない。
「……ああ、そのつもりだ。雑魚は任せておけ」
「相変わらずいいトコ持ってくの好きだな、アンタは」
 余裕など、無い。
 各々が各々の役割を、確実に果たす……それだけが、目前の非現実を凌駕する為の、唯一にして最適な手段だった。
「行くぜ!!」
 日向が爆ぜるように群れへと向かう。
 その姿は、さながら漆黒の弾丸。
 母体は、虚ろな目で日向を捉える。
 同時に動き出す、マインドブレイカーの集団。
「はぁぁぁっ!!!」
 渾身の一撃を叩きつける。
 高められたメンタルフォースで構成されるその刃は、触れる物全てを霧散させた。
 だが……。
「ちっ……追いつかねぇよ、ったく!」
 程なくして周囲を取り囲まれる日向。
 卓越したスピードも、数の前には無力……!
「ルルウェイト!!」
 響き渡る宮葉小路の声。
 哀の属性を持つテクニカル、氷の刃が、容赦なくマインドブレイカーを切り裂いていく。
「エレナ、今だ!!」
「ああ……!!」
 道は拓いた。
 宮葉小路の術を生き残ったマインドブレイカーも、日向が抑えている。
 あとは、マインドブレイカーを生み出す本体、母体の駆逐のみ……。
「エレナさん、援護します!」
 マークスが銃を構えた。
 狙いは寸分違わず、母体の中心へ向けられている。
 あの敵はあまりにも異質、決して行動させてはならないと、本能が告げていた。
 マークスの射線が確保できるよう、大きく右へ回り込みながらエレナが走る。
 相手の反撃など許してはならない。
 初手、あらん限りの力を叩き込む……!
「マークス!」
「はいっ!!」
 雨よ霰よと降り注がれる赤い弾丸、母体は煩わしそうにマークスを見やる。
 そして、その腕が振り上げられた瞬間!!
「コールディング……」
 大きく上体を捻り、高く右足を上げる。
 体は、既に宙にある……!
「インパクト!!!!!!」
 恐らくは、撃ち出されるマークスの弾丸より速く。
 エレナの踵は打ち落とされた。
 それは、確実に母体の頭頂を捉え……轟音と共に、母体は地へと沈んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 エレナが荒い息を吐く。
 無理も無い。
 自分に残された力の全てを、今の一撃に注ぎ込んだのだ。
「終わったのか……?」
 母体に群がっていた、無数のマインドブレイカーは片付け終えたのか、宮葉小路がほっとしたように訊く。
 見れば、日向も息が上がっていた。
「だと……いいんですけど」
 答えるマークスも、表情は不安げだ。
 もし今ので仕留め損ねていたら、戦況は圧倒的に不利になる。
 既に、皆疲労困憊なのだ。
「……さすがに、あれだけの相手だからね……」
 ざっとエレナが飛び退く。
 逆に、日向は母体への距離を詰めた。
「……一撃で、っていうのは、虫が良すぎたかな……」
 じわじわと心を侵食する絶望。
 ギリ、と宮葉小路が歯を軋る。
 ゆらり。
 力無く、しかし何事も無かったかのように。

 母体は立ち上がった。

「な……なんちゅう力や……」
 B.O.P.……四宝院は、画面を見て驚愕の声を漏らした。
「レベルAの想定力量の2.5倍やって……? デタラメにも程があるわ……」
「恭ぅ、みなさんのメンタルフォース値が下がってるよぉ」
 あれだけの戦いを強いられた上に、待ち構えていたのは規格外の大物なのだ。
 思えば、これだけの相手ならば、短時間で区全体が汚染されたのも頷ける。
「今は……今は耐えてや、みんな……」
 オペレーターである自分もまた、戦っている。
 送られてくる膨大なデータから、いかに効率良く障害に対処するか。
 平たく言えば……。
「すぐに、こいつの弱点見つけたるさかいに……っ!!」
 殺させない。
 この場所は、彼らは。
 四宝院やメイフェルらオペレーターにとっても、大事なものなのだ。

「ちっ……死に損ないが……っ!」
 ぶん、とシタールを振り、日向が駆けて行く。
「ダメっ! 和真っ!!!」
「うおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」
 対するは、己の中の絶望か。

 母体へ向けて、日向は大きく薙ぎ払った。

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