BLACK=OUT
第五章第一話:黒が壊した世界
ダン……ダン……ダンッ……!!
「はぁ……っくぅ……!!」
次々と襲い来る仮想の敵を、手にした一振りの剣で薙ぎ払う。
もう何時間こうしているだろう。
雑念はとうに消え去り、今はもう指先の感覚すらない。
なのに、空気の流れさえ感じられるほどに神経は鋭敏になっている。
自分自身のコントロールは出来ないが、自分以外の全てをコントロール出来るかのようなこの感覚。
ここ、B.O.P.にやって来てから唯一の収穫は、いくらでも敵が現れるバトルシュミレーターの存在だろう。
「あ……日向さん、ここにいたんですか」
「………………」
入ってきたマークスに目も向けない。
日向にとって、彼女はさほど重要ではないのだ。
『全工程終了。システムを通常状態に移行します』
と、丁度日向がプログラムした6時間の工程が終了した。
フィールドに展開されたシールドがダウンする。
「……はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、日向はフィールドから下りる。
「はい、どうぞ」
マークスが、既に準備していたのだろう、タオルとスポーツドリンクを日向に差し出した。
「………………」
しかし、日向はそれを受け取らない。
「……日向さん?」
「お前さ……」
目を合わせず、日向が言う。
「俺に付きまとわねぇ方がいいぜ」
「え……?」
「聴いてただろ? ……俺といなけりゃ、あいつは死ななかった」
あいつ……とは、エレナの事だろう。
あのε4区での戦闘から、もう一ヶ月は経とうとしていた。
「で……でもそれは……」
「いいんだ、事実だしな」
何とかフォローをしようと慌てるマークスだが、いい言葉も見つからない。
何より、彼女自身もエレナの死に少なからずショックを受けているのだ。
だが、それ以上に、マークスは日向が気になっていた。
彼とて、エレナの死には傷付いているだろう。
ましてや彼女は日向を守って死んだのだ。
「……日向さんのせいじゃ、ないです」
「違わねぇさ。……いいから、さっさと出てけよ、うぜぇから」
「………………!」
「付きまとわれるの、うぜぇっつってんの。どっか行けよ、邪魔だ」
静かに、マークスが去る。
「………………」
背中から全身を支配する、堪えようのない苛立ち。
「くそっ!!」
ガン、と壁を殴りつける。
「これで……」
彼、グランは言った。
「鍵」を壊すためだと。
少なくともエレナの死は、日向の閉じ続けていた扉を開いてしまった。
忘れようと努めた、いや、忘れてしまうくらいに憎しみだけを募らせていたのに。
「これで……三度目だ……」
握り締めた拳から、真紅の雫が筋を為す。
――あいつさえ、あいつさえ殺せば全てが終わる。
他に存在理由など要らない。
黒き少年、日向和真は、そのためだけに戦っているのだから。
時刻は19時、朝から何も食べていない日向は、夕食を摂る事にした。
まだ、食堂は開いているはずだ。
何を食べようか、などと考えることはない。
そんな面倒な事を考える余裕など、もう何年も無かった。
ただ機械的に、目に入ったメニューを頼むだけ。
「あ……」
食堂のカウンターで、今まさに注文していたのは宮葉小路だ。
彼は驚きの声を上げたあと、複雑な顔をして目を逸らしてしまった。
「食事……まだ……だったのか?」
「ああ」
「………………」
会話など続こうはずも無い。
日向は、結果的にエレナを殺してしまったのだ。
その後の宮葉小路の落ち込み様も知っている。
自分は、恋人の仇であって……ならば、憎まれない方がおかしいのだ。
「……殺したいか? 俺を」
「!! ………………」
宮葉小路は答えない。
ただ、悲しそうな目をするだけだった。
「お前にはわりぃけどな、俺はMFTを除隊する気はねぇよ。
俺は俺のためだけに戦ってるんだ。お前らとは違うんだよ」
それだけ言って、日向は差し出されたきつねうどんを受け取った。
サービスのつもりか、揚げが二枚入っている。
「お前もリーダー辞退しちまったし、これで気兼ねなく好き勝手出来るってもんだな」
「日向っ!!」
「わりぃけどさ……」
丼を持ったまま、日向は振り返る。
その眼は、今まで見せた中で一際冷たい。
「俺、こんなとこで死ぬ気はねぇよ。
ましてや……誰かを守ってなんて、くだらねぇ」
「日向、お前は……!!」
「もちろん、てめぇに殺られる気も更々ねぇよ」
ふい、と日向はテーブルへ行ってしまった。
「何で……何でこんな奴のために……」
遣り切れない。
日向がいたから、全てが壊れた。
叶うなら、今すぐ殺してやりたい。
だが、今の自分の技量では日向を倒せない。
それに、結果的にエレナを守れなかったのは自分なのだ。
「僕は……何を……誰を憎めばいいんだ……」
幾度と無く繰り返した、答え無き自問。
ただ、一つだけ確かなことは。
全てを壊したのは、日向和真であるという事実だけ。
それは何より、日向自身が誰よりも知っていた。