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BLACK=OUT

第四章第八話:紅が散る

 ずるりと腕が引き抜かれ、エレナの脚は力を失い崩れ落ちる。
「エレナ……っ!!」
 慌てて駆け寄る日向がその体を抱き止めた。
 ぽつり、肩に落ちる雨粒。
「マークス! 早く回復を……!」
「やってます! けど……」
 メンタルフォースの回復効果は、対象の精神状態を安定させ、自己治癒力を賦活させる事しか出来ない。
 エレナの体は、すぐにでも救護班が手当てをしなくてはならない状態だ。
 到底メンタルフォースで対応出来るものではない。
 こうしている間にも、胸からの夥しい出血は日向の服をぬたりと赤く濡らしていく。
 次第に強まっていく雨足が、洗い流しきれない程に。
「……いき……てるかい?」
 エレナが、うっすらと目を開けて日向を見た。
「バカやろ! そりゃこっちの台詞だ!!」
 エレナが気を失わないよう、大声で日向が返す。
 出血が酷く、既に唇は変色し顔には血の気が無い。
 雨水に濡れたその顔に髪が張り付き、まるで別人のようだ。
「チームメンバーを……守れない……ようじゃ……リーダー……失格……だから……ね……」
「しゃべるな、バカ! 救護班が来るまでは黙ってろ!!」
 しかし、エレナは静かに笑う。
「ふふ……ダメだよ、間に合わない……。 ごめんね、先に…………逝く………………」

――そしてエレナは、ゆっくりと目を閉じた。

「……どうやら、まだ『鍵』は掛かったままのようだな」
 事態を傍観していたグランが言った。
「では私は行くとしよう。 ……いずれ、また会うことになるだろうがな」
「!! 待てグランっ!! あいつは……!!」
「エ……レナ……」
 弱々しい声。
 それでも、日向の声を遮るに充分過ぎた。
「宮葉小路さん…………」
「く……っ……なん……でっ……!!」
 抑えようにも抑えられない。
 言葉にもならない心は、その体を震わせる。
 宮葉小路は振り返り。
 日向はエレナの体を抱いて。
 その視線は、母体を睨む。
「お前が…………」
 宮葉小路が、耐えられないように声を挙げる。
「お前がああああああっ!!!!!」
 刹那、空気が変わった。
 周囲に満ちる、宮葉小路の「怒り」。
 抑えようも無く、ただ溢れるままに吐き出した行き場の無い想い。
 それはそのまま空気を変え、周囲全てが宮葉小路の「制空圏」となる。
「式っ…………!!!!!」
 呼びかけに応じた式神が、その翼を大きく広げた。
「あいつを……母体を貫け……っ!!!」
 マスターの激昂が作用しているのか、今までに無い勢いで式神は宙を舞う。
「エレナを殺っといて……タダで済むと思うなよ……」
 低く唸り日向が駆ける。
 暴れまわる式神と、母体の腕をくぐりぬけて近づくと、渾身の力を込め右手を撃ち込んだ。
「後悔させてやるっ! 玄武(げんぶ)っ……!!!!」
 ガン、という音と赤い閃光。

――胸を貫かれ、母体はその活動を停止した。

「……ほう」
 黙って事の成り行きを見ていたグランが声を挙げた。
「場の『雰囲気』を変えたか。なるほど、それなら十二分に実力を発揮できる」
「ふざけんな、てめぇ……」
「日向和真、貴様の『鍵』を何としても壊さねばならないのでね……そこの彼女には悪いが、死んでもらった」
「なんだと!?」
 叫んだのは宮葉小路だ。
「それじゃあ、エレナが死んだのは……」
「日向和真、彼が居たからに他ならない。……彼がいなければ、彼女も死ぬことはなかっただろう」
「………………」
「わかっているだろう? 日向和真。貴様は死を呼ぶ『黒の使者』……」
 薄く、さも楽しそうに目を細めてグランは言う。
「歪んだメンタルフォーサーなのだからな」

――響くのは、ただ雨音。
 遠い日に聴いた灰色の景色。
 掴みかけた、手が届きそうだった何かが……。

――遠く、遠く離れていった。

 ふらりと、宮葉小路が地に伏すエレナに歩み寄る。
「………………」
 ざあざあざあざあ。
 雨で周りが見えない。
 いや、きっと雨が降っておらずとも、彼には何も見えなかっただろう。
 アスファルトに打ち付けられた粒が、ごうごうと不協和音を奏でる。
 たまらなくうるさい。
 エレナが寝ているんだ。
 お前たち、少し……

 黙ってて、くれ。

 降りしきる雨の中、エレナを抱いた宮葉小路が天を仰ぐ。
 あらん限り、叫んだ。

「エレナさん……」
 マークスも日向も、ただ立ち尽くしていた。
 雨でわからないが、マークスは泣いているのだろう。
 しばらくして耐えられなくなったのか、マークスは目をつぶり顔を背けた。
「結局……」
 ぼそり、エレナに背を向けて日向が呟く。
「勝ち逃げかよ…………あんた……」
 垂れ込める雲はただ重く。
 雨はまだ、上がらない。

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