インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第八章第四話:朱い言葉

 舞い上がる爆炎。
 吹き上げる黒煙。
 渦中の四人、前に立ちはだかるのは。
「宮公……?」
 レジストでは、ダメージの 軽減しか期待できない。単語一つでテクニカルを発動するグランに対抗するため、宮葉小路は最短詠唱を選択せざるを得なかった。故に、ダメージを八割程度に 抑えるのが限界だった。それだけで致命傷を受けることは免れたが、矢面に立った宮葉小路は、深刻とも言える傷を負っている。
 ざり。
 大地を踏みしめ、神林が、そしてマークスが立ち上がる。三人、倒れたままの日向を庇うように、傷だらけの体で。
「なん……で……」
 途切れ途切れ、日向の唇から言葉が漏れる。直接体に与えられたダメージは彼のスタミナを奪い、テクニカルのダメージは集中力を奪い去る。立ち上がるだけの余力は、無い。
「俺なんか、守る……? お前は……」
 俺を憎んでいる、はずなのに。
 宮葉小路は、まっすぐに前を睨みつけながら、背中越しに日向へと答える。
「あいつが狙っているのは、お前だ、和真」
 揺らめく炎が、宮葉小路の後姿を歪ませる。
「そして、お前は僕の……僕たちの大切な仲間だ」
 前を見据えて、はっきりと。
 マークスも、神林も、その目に迷いなど在りはせず。
「大切なものを傷付けられるなんて、僕は嫌だ。だから守る。だから戦う」
 それだけだ。
 最後にそう、付け加えて、宮葉小路たちは駆け出した。
「命!」
「出る! マークス、援護を!」
「抑えます! 宮葉小路さんは詠唱を始めてください!」
 接近していれば、効果の高いテクニカルを使われる恐れは少ない。速度に不安の残る神林だが、接近までの間はマークスがもたせる。
「神林流心刀! 光斬剣(こうざんけん)!」
 刃渡り90センチにも及ぶ大太刀を右手だけで持ち、右から左へと振り払う。生まれ出でた剣圧は、メンタルフォースにより更に加速され、白金に輝きながら敵へと迸る。
「むっ」
 グランはこれを相殺しない。彼にとって最短詠唱可能な相殺テクニカルは確かに便利だが、純粋なテクニカルにしか効果が無いという欠点があるのだ。故に、これを避ける事を選択せざるを得ない。……周囲に、弾幕さえ張られていなければ。
 甘んじて衝撃を受け止めたグランだが、比較的至近距離で放たれた剣圧は彼に余裕を与えない。それが加える運動エネルギーは、厚さ10センチ程度のコンクリート壁ならば易々と粉砕するほどなのだ。崩れた体勢を整える一瞬、しかしそれは、猛者を相手にするには長すぎる。
「連撃! 飛脚天斬(ひきゃくてんざん)!」
 20メートルほどの距離を、わずか一足で踏み込む一撃。目の前に、突然現れたかのような違和感。
「むぅ!」
 対応など、許さない。
 身構える暇も与えられず、その残撃はグランに叩き込まれた。後方へと吹き飛ぶ、黒ずくめの体。
「宮葉小路さん、今です!」
 マークスが、自身の胸に描いた紋様に手を当てる。
「ロンリィ-アッパー-グレード-リザーブ-セィ-クレスト-リリース!」
「ソロゥ-エクストリミティ-リザーブ-セィ-クレスト-リリース!」
 同時に、宮葉小路も詠唱を行った。彼の胸に描き込まれた紋様が、不可視の光を放つ。
「ガードクラッシュ!!」
「氷舞!!」
 マークスの発動に僅か遅く、宮葉小路が最上級テクニカルを発する。二つの術は互いに螺旋を描きながら、一つの目標へと集束していく。

 しゃらり、しゃらり。
 砕けた白い氷が、音を立てながら路面に降り積もる。グランの姿は、白く煙る氷の霧に見ることが出来ない。
「……さて」
 宮葉小路が、口を開いた。
「どうする? これから」
 とたっ、と足音を響かせて、神林が後ろへ跳ぶ。あまり、宮葉小路たちと距離を開けるのは良くないのだ。
「さて、どうしようね」
 ガード不能の初撃、繋ぎの二撃、防御力減少のマークスのテクニカル、そして本命、宮葉小路の最上級テクニカル。
 これら全てを、クリーンに当てることが出来たのだ。普通ならば、これで戦闘は終わっている。
――そう、普通ならば。
「アレが、あの程度でくたばるタマとも思えないからな」
 問題は、この後。幾らかのダメージを与えられているだろうが、そこからどう繋げるか。
「出来ることは、全部やってやるさ」
 宮葉小路が、そう言った時。
 霧の向こうで、むくり、と人影が起き上がるのが見えた。
「やっぱり……ダメ、ですか」
 僅かに震える声で、マークスが呟く。全くもって、怪物のような耐久力(タフネス)だ。
「一つ、忠告しておこう」
 立ち上がったグランは、重々しく口を開いた。その表情は何も読み取れない、否、何も語ってはいない。貼り付けたかのように動かないそれはまるで人形のようで、時を止めた男は受けたはずのダメージすら見せていない。
「今ので決められなかったのは、貴様たちのミスだ」
 ぐわり、黒い重圧が三人を襲う。一歩、また一歩距離を詰めるグラン、死が迫る恐怖は、戦闘における主導権を否応無く奪い去っていく。
「利君……どうする?」
 ぽたり、地面に雫が落ちる。神林は特に、グランとの対峙は初めてなのだ。交戦経験の無い相手であることはもとより、彼女自身対人戦は全くと言っていいほど経験が無い。簡単に、精神的な余裕など剥奪される。
「忘れるな!」
 周囲を見回した宮葉小路が、大声を上げた。あまりに突然だったせいで、神林は目を丸くしている。
「僕たちは、和真を守るために戦っているんだ! 和真には、指一本触れさせない! いいなっ!」
 ふしぎ。
 宮葉小路が発した、号令。
 それは気持ちの中に入り込んで、少しずつ暖かさを取り戻してくれた。
 神林を襲っていた、先ほどまでの恐怖感がいくらか和らぐ。
「……うん。こんな奴に……」
「絶対、負けられません!」
 神林、マークスが、それに応える。
 想いは力となり、フィールドに満ちていく。
 場の雰囲気が、「書き換え」られた。満ちる想いは、「愛」。周囲が、白く塗りつぶされていく。
「行くぞ! グラン=シアノーズを叩き潰す!」
 宮葉小路の咆哮に応じ、銃と刀が飛び出した。

ページトップへ戻る