インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第九章第八話:黒錆びた拳

 指すように突き出された掌が放電するのと、四宝院が地を蹴るのは同時だった。雷撃は四宝院を掠め、背後にあった電子機器へと火花を散らす。横に跳んだ四宝院は、足裏で床を握るような感覚で掴み、今度は前へと、あらん限りの跳躍。
 人間離れした彼の運動能力にも、雷撃使いは怯まない。そもそも、メンタルフォーサーは最初から、ヒトから外れてしまっているのだ。
 歪んだ口元は、歯と歯茎を剥き出しに。
 狂気は、閃光を吐き続ける。
 飛び道具を持たぬ四宝院は、近付かなければ勝ち目は無い。左右に跳んでかわし、徐々に、徐々に間合いを詰めていく。
「はははっ、確かに! 当たったら即死だもんねぇ! 必死にもなるよねぇ!」
 猛る笑いが木霊する。引っ掛かるな、冷静さを欠けば、彼の言う通り命は無い。
 目標を見失った雷撃が、次々と設備を壊していく。激しく火花を噴き出す物、黒煙を上げる物、いずれも、この逼迫(ひっぱく)した戦いを象徴するかのようだ。次々と流れては消える白光と相まって、決して広くは無い室内を激しく明滅させる。
「でもさ、これならどうだいっ!?」
 雷光使いは、両手を頭上で交差させた。そしてそのまま、袈裟と逆袈裟に振り下ろす。同時に放たれる雷牙は正に凄烈。
 それは、逃れる事の出来ない蛇の網。人並み外れた運動能力で凌いできた四宝院にも、避ける余裕を与えない広範囲の雷撃。死が、すぐそこに迫る。
「甘いで、兄ちゃん」
 にっ、と不敵な笑みを浮かべると、四宝院は手近にあったケーブルを引っ掴み、左方へと放り投げた。扇状に展開していた電荷が、ケーブルへと流れていく。
「“電気は、流れやすいモンに流れる”」
 振り切った腕は、すぐには戻らない。攻撃の裂け目、四宝院は爆ぜる様に接近する。
「頭、使いぃや」
 力は、振り回すだけが能では無い。
 雷撃使いのような放出型の能力は、接近すれば苦戦する。対する四宝院の得物は己の拳。拓いた道から詰めた距離、死線を潜り、得た勝機――!
「炎出ぇへん紫炎撃(しえんげき)っ!」
 メイフェルの真似か、同じく日向の技を繰り出す四宝院。低い姿勢から一転、踏み込みと共に体を起こし上から打ち下ろす、変則的な打撃を。
――しかし、雷撃使いは受け止めた。
「接近さえすれば勝てる、そう思ったの? 君こそ頭を使うべきじゃないかなぁ?」
 しっかりと握られた手首は動かない。否、動かせない。雷撃使いの、その左肩越しに四宝院へ注ぎ込まれる視線は愉悦に溢れ、実に――実に楽しそうに哂(わら)う。
「俺は電気を操るメンタルフォーサー。“放電だけが能じゃない”」
 雷撃使いの目が、見開かれる。
「恭ぅ! 逃げてぇっ!」
 スチールボックスの陰から頭だけを覗かせ、メイフェルが叫ぶ。雷撃使いが四宝院に電流を流し込めば、時差無くして四宝院の心臓は止まるだろう。
 しかし、いや、けれども。
 手を振り解くとして、それが間に合うか。

 刹那が、交錯する。

 雷撃使いが電光を生み、

 メイフェルが声にならぬ声を上げ、

 四宝院は、……

 四宝院は、……

 四宝院は、宙に浮いていた。
 雷撃使いに掴まれている右手を軸に、逆立ちするように。
 生み出された電流は、未だ使い手の掌で踊ったままだ。
 くるりと一回転、背中を向けて着地した四宝院は、振り向きざま後ろ蹴りを当てる。
「馬鹿なっ!?」
 現状を把握出来ていない雷撃使いを、もう一度、今度は正面から蹴り上げる。
「っ、Impact Easing!」
 レジスト系のテクニカルだろうか、その攻撃を受け止めた雷撃使いだが、それだけで緩和し切れる衝撃ではない。彼の体は宙に浮き、蹴り上げた際に振り上げられた四宝院の足は、そのまま神速をもって振り下ろされる。
「これで終わりや。フォートカルト流脚殺術・改、デュアルアウト!」
 防御テクニカルは、連続詠唱出来ない。
 故に。
 四宝院の必殺が雷撃使いの脳天に直撃したのは、必然だった。

 照明が点滅し、あちこちからスパークの噴き出す中を、メイフェルが駆け寄ってくる。
「恭ぅ!」
 四宝院は荒い呼吸を繰り返しながら、地面に座り込んでいる。その首にメイフェルが、ぐっと抱きついた。
「ぐぇ」
「ぐぇじゃないぃ、馬鹿ぁっ!」
 馬鹿と言われてもな。
 四宝院は困ったような、何とも間抜けな顔で、ぽりぽりと頬を掻いた。
「腕掴まれた時ぃ、感電しちゃったかと思ったんだからぁっ!」
 メイフェルが胸元で縁起でもない事を言う。
「あのな、アレくらいでやられるかっちゅうねん。相手はん、ただ力振り回しとるだけのシロートやん」
「でもぉ、アレで感電しなかった恭の方が変だよぉ」
「感電せぇへんようにしたんやんか」
 四宝院は、目の前にある顔に向かって説明する。
「電気ってのは、どっかに繋がって初めて流れるんや。電線に止まっとるカラスは感電せぇへんやろ? それと同じで、地面にさえ立っとらんかったら、電気は流れる先が無いから流れへんねん」
「でもあの変態ぃ、放電してたよぉ?」
 雷撃使い、変態に格下げ。
「真空ならともかく、空中放電しようと思たらかなりの電圧が必要や。えーと、この部屋やったら……」
 四宝院は、ぐるりを見回す。
「ざっと15メガボルト以上は必要やと思うわ。遠距離やから電圧上げて戦っとったんやろうけど、実際に接地してる対象に、そんな高電圧は要らへん。感電死させるのには、電圧よりもむしろ電流値の方が必要やから、出力をそっちに回したんちゃう?」
「なるほどねぇ……でぇ、その高機能ロボみたいなメンタルフォーサーをぉ」
「ケリ倒したっちゅうわけや、俺は」
 やれやれ、と肩を竦める。何とも原始的な戦いだ。
「ほら、行くでメイフェル」
「行くってぇ、何処にぃ?」
 メイフェルの腕を解いて立ち上がった四宝院が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら振り返る。
「作戦室」
 四宝院がセットした放送は、いつの間にか止められている。その代わりに、壊れてしまったCCRのスピーカーからではなく、離れた場所に設置されたスピーカーから、微かに別の放送が聞こえた。

『こら四宝院、メイフェル! ブラブラしてねぇで、帰って来い馬鹿野郎!』

ページトップへ戻る