BLACK=OUT
第四章第九話:紅亡き後
あの日から一週間、休まず雨は降り続けている。
なんでも、北から湿った空気が流れてきて、それが太平洋側に停滞している高気圧の影響で前線になっているのだそうだ。
……あれから、宮葉小路は部屋から出てこない。
幸か不幸か、MFTに出撃命令も下りていない。
重く垂れ込める雨雲と、陰鬱な空気。
窓を叩き濡らす空の涙は、あの日から時間を留めたまま。
――いつになれば、この世界に陽は差すのだろうか。
『わかってるんだろう!? お前がいなければ、エレナは死ななかったんだ!!』
どこにも吐き出せずに。
どこにぶつけていいのかもわからずに。
宮葉小路は、黒き少年に憤りを叩き付ける。
『………………』
少年は口を開かない。
『お前が……お前がいたからエレナは……っ!!』
叫ぶ声は嗚咽に変わる。
小刻みに震える体は、遣り様の無い想いの具現。
『エ……レナ……は……』
吐き出す言葉は、他人も、そして自分をも傷つける。
彼女の名を口にする度、想いに心が圧される。
彼を憎む事が出来たなら。
どんなに楽だろう、と……。
「エレナ……」
主のいなくなった部屋に立つ。
寒々しい部屋は、しかし隅まで在りし日の記憶が染みている。
ギシ、とベッドに腰かけた。
こうしていると、今にもユニットバスの扉を開けて、エレナが顔を覗かせそうだ。
そっと、立ち上がり、バスまで歩いていく。
冷たい金属のノブに手を掛け、引いてみた。
……中は暗く、誰もいない。
――ああ、いないのか。
振り返り、部屋を見回す。
物音一つしない空間は、広すぎて。
宮葉小路は、滲み出した視界にひたすら目を擦る。
手を伸ばしても、果てまで届かない世界。
ならば、果てまでこの手が届くように。
果てまで伸ばしたこの腕で、彼女を守るため戦ったのに。
何故彼女は、いつも届かない世界まで逃げてしまうのだろう。
シュッ、というシリンダーの音と共に扉が開いた。
はっと視線を向ける宮葉小路。
「宮葉小路さん……」
そこに立っていたのはメイフェルだった。
「やっぱりぃ、ここにいらしたんですかぁ……」
コツコツと足音を響かせ、メイフェルが彼へ歩み寄る。
「………………」
宮葉小路は顔を逸らした。
誰とも、エレナ以外の誰とも会いたくなかったのだ。
「………………あのぉ」
すぐ左で、メイフェルの声がする。
「……遺品ですぅ、宮葉小路さん。……エレナさんのぉ」
そう言うと、メイフェルは彼の真正面に回った。
「受け取ってあげてくださいぃ。エレナさん、自分に何かあったらぁ、これを宮葉小路さんにってぇ……」
彼女は宮葉小路の腕を取り、その手にエレナのデバイスを握らせた。
「………………!」
「元気ぃ……出してなんて言いません。でもぉ……」
メイフェルの、握った手に力が込められる。
「貴方が笑っていないとぉ、悲しむ人がいるっていう事はぁ、覚えておいて下さいぃ……」
そう言うと、メイフェルはそっと手を放した。
空気に触れ、少し手が寒い。
「それじゃあぁ、私はこれでぇ」
ぺこり、と一礼してメイフェルは部屋を出ようとした。
「……メイフェル……」
「はいぃ?」
半分廊下に出た状態で、メイフェルは振り返る。
見れば、宮葉小路は相変わらずそっぽを向いたままだ。
「……エレナは……どうして死んだのかな……」
少し考えて、メイフェルは言う。
「エレナさん、皆さんが大好きでしたからぁ……」
だからです、と言い残し、メイフェルは去っていった。
室内に再び蘇る静寂。
手にしたデバイスは、メイフェルが握り締めていたせいだろう。
彼女の温もりが感じられた。
主電源のスイッチを押す。
自らのデバイスと同じ文字列が流れ、システムが起動した。
「………………」
彼女が触れていた物。
彼女に触れていた物。
宮葉小路は、ファイルへのアクセス履歴を閲覧した。
「………………?」
表示されたファイルは画像ファイルだった。
しばらくためらった後、宮葉小路は件のファイルへアクセスした。
「………………!!」
それは、MFTの皆を撮影した写真だった。
渋い顔をしながらこちらを見る日向。
困ったような笑顔を向けるマークス。
つまらなさそうにカメラから視線を逸らせる宮葉小路。
いつも笑顔でいる、四宝院とメイフェル。
そして……。
――宮葉小路がシャッターを押した、エレナ自身の姿……。
「………………っく……!」
耐え切れず、目を瞑る。
「…………どう……して……」
この写真たちを見れば、判る。
どれだけエレナが、皆を愛していたのか。
「だったら……どうして…………何故……死ななきゃならない……!」
デバイスを胸に強く抱き、宮葉小路は問い続ける。
今は亡き、愛しき者に……。