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BLACK=OUT

第八章第三話:朱く燃える

「しかし、良かったのか?」
 露店街を跳ね回る神林に、宮葉小路は訊いた。
「良かったのかって、何が?」
 りんご飴を咥えた、少々間抜けな顔で神林が聞き返す。もちろん、両手には焼き蕎麦やたこ焼きや――主に食品の類が――数多く抱えられている。
「和真だ。……その、付き合ってたんだろ、昔」
 少し言い辛そうに宮葉小路が言った。要するに、他の女性との橋渡しをするのに抵抗は無いのか、と言いたいらしい。

  マークスの、日向に対する気持ちは、恐らくは誰が見ても明白だ。多少無理矢理にでも、二人が一緒にいる時間を作れば、きっといい方向へ向かうに違いな い……そう考えた宮葉小路は、露店街へ遊びに行くことを提案したのだが、事情を知らない神林が日向を連れて行ってしまわないよう、彼女に意図を伝えておく 必要があったのだ。
 断られるかも知れないその提案は、しかしOKという言葉で返ってきた。

「あのねぇ」
 神林は宮葉小路に向き直る。
「未練がましい男どもと一緒にしないでくれる? 昔の話よ、む・か・し・の!」
「僕には、よく解らないが……嫌じゃないか、やっぱり」
「女は意外とドライなのよ」
 宮葉小路の顔が「あたしは、の間違いだろ」と言っている。神林は笑顔で「斬られたい?」と返した。

 集合場所へ着くと、丁度日向たちも戻ってきたところだった。
「どうだ? 楽しめたか?」
 宮葉小路が、日向に言った。
「ん? ああ、まあ、それなりに」
 面倒くさそうに日向が答える。見れば、隣には、ちゃんとマークスの姿もある。とりあえずは、今日の目的は達せられたと言ってもいいだろう。
「じゃあ帰るか。さすがに、あまり長時間本部を空けるわけにもいかないからな」
 苦笑気味に、宮葉小路がそう言って踵を返した時だった。
「……待て」
 険しい顔で、日向が言う。
「どうしたの、和真」
 問いかける神林に、日向は答えない。ぽたり、と日向の頬から冷や汗が落ちる。
 一瞬の、静寂。
「やべぇ……」
 ぽつり、漏らすように日向が呟く。
「和真、どうし……」
「伏せろ! 来るぞ!」
 口を開いた宮葉小路を遮って、日向が叫んだ。訳の解らない面々を押さえつけ、同時にレジストを唱える。
 刹那。

 大気が、燃えた。

「っ……」
 しばらくして、ゆっくりと体を起こした四人が、最初に見たものは。
 無残に焼け焦げた、街路と人々の変わり果てた姿だった。
「これ……は……」
「一体……な……に……」
 何が起きたのか。誰もが目の前の現実を受け入れられず、混乱と困惑の入り混じった面持ちで、ただ呆然とするだけ。
 さっきまでの活気は、どこへ行ったのか。
 さっきまでの喧騒は、どこへ行ったのか。
 一陣の風が吹いた。
 さらさらと、灰になった人々を霧散させるそれは、神林の長髪を踊らせる。パチパチといたる所で燃え盛る炎が、天へと火の粉を吹き上げる。少しずつ勢いを増していく火の手は、露店の残骸に燃え移り、日向たちを取り囲む。
 世界は、目を覆いたくなるほどに、朱く。
 吹き上げる黒煙は、己の死をも認識できない人々の想いを匂わせて。

「生き残ったか、貴様たちは」

 声が、する。
 四人が一斉に目を向けたそこには、黒い外套に身を包んだ男の姿。
 全てを内包し、全てを奪う漆黒の、死者の使者。
「グラン……シアノーズ!」
 日向が、絶対悪を睨みつける。許せない、彼だけは。
「憎むがいい、日向。思い出せ、己が罪を。そして、その身に宿した『封神』を」
 グランが、右手を四人に向けて差し伸べる。その手のひらに集まる、重すぎる力を。
「Burn」
 僅か一言で、解放する。
「ちっ、させるかっ!」
 二度、同じ手を食らうほど愚かではない。その場から四方へと飛び退いた面々は、即座に戦闘態勢に入る。
「くそっ!」
 着地から、大地を蹴ってグランとの距離を詰める日向。その手には、既にシタールが握られている。
「合わせる! マークス、援護お願い!」
「は……はい!」
 神林が続き、マークスが銃撃を行う。グランに対しては、真正直にテクニカルを放とうとも効果は無い。彼はレジストのように効果を軽減するのではなく、文字通り無効化してしまうのだ。
「式っ!」
 宮葉小路の呼びかけに応じ、黒き式神が姿を現す。それは主を一瞥すると、倒すべき敵へ向かって飛翔した。
「ヴェイン-エクストリミティ-リザーブ-セィ」
 右手で印を描きつつ、宮葉小路が詠唱を行う。日向たちの攻撃に合わせて、術を発動しなければならない。タイミングが、非常に重要なのだ。
「お前が、やったのかっ!」
 踏み込みから、横払い。日向の素早い一撃は、しかしそれを上回る速度の歩法によって避けられる。
「神林流心刀、刀叫斗(とうきょうと)!」
 日向をかわした動作を予期し、神林が斬り付ける。グランは動ぜず、神林の腕を取った。
「切れが甘い。およそ実戦で用いられるものでは無いほどに」
 呟き、そっと引き寄せた神林の腹部に左拳を叩きつける。木の葉のように吹き飛ぶ、少女の体。
「命っ! ……くっ、クレスト-リリース!」
 それを目の当たりにし、耐えられなくなったのか。自分でも気づかないうちに、宮葉小路は術を発動していた。是非を問うまでもない。それは焼ける大気の中、霧散していった。
 体勢を立て直し、再び斬りかかる日向だったが、それも叶わない。一点を狙った突撃は狙いを外され、カウンターの餌食となる。
 そして放たれる、攻撃テクニカルの最短詠唱。
 それは日向たちを焼き尽くし、この戦いの結末を決定付けた。

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