BLACK=OUT
第一章第二話:黒の疾走
「さあ、やろうぜ」
二十メートルほど離れた位置に立つ宮葉小路を見やり、日向は言った。
ここは、B.O.P.MFTの設備、戦闘演習場「バトルシュミレーター」のリングの上。
四方は約五十メートル。
天井の高さは十五メートルほどである。
バトルシュミレーターのある一階から三階までぶち抜いて作られており、三階部分にシステムをコントロールするブース「コントロールルーム」がある。
コントロールルームの椅子には、四宝院とメイフェルの二人が、オペレーションのために座っている。
「ほな、そろそろかな。メイフェル」
「は~い。バトルシステム起動しますぅ」
メイフェルがトグルスイッチをいくつか上げる。
同時に、「ヴン」という音を上げ、リングの中央三十メートル四方が、青い障壁によって囲まれた。
この障壁の内部に、戦う二人が立っている。
ここが、バトルフィールドとなるわけである。
フィールドの外で二人を見守るマークスとエレナ。
スピーカーから、メイフェルがアナウンスする。
「それではぁ、ルールの説明をしますぅ。
今回の演習ではぁ、フィールド内のMFCをレベル3でリミッターをかけますのでぇ、いわゆるスタンモードですねぇ。
ですからぁ、相手が気絶してぇ、戦闘不能となるまでぇ、戦闘は続行されますぅ。
気絶判定はぁ、フィールド内のセンサーにて行いますぅ」
「まあ無茶しても死にはせんっちゅうこっちゃ。
きばって戦いやあ!」
のんびりとしゃべるメイフェルの後を継ぎ、四宝院がまとめた。
だが、そんな言葉も、フィールドの中の二人には届いていない。
宮葉小路は、怒りに燃えた目を向けて。
日向は、戦う喜びに目を細めて。
「バトルシュミレーション、システムオールグリーン」
合成音の女性アナウンスが告げる。
宮葉小路の喉が鳴る。
日向の唇の端が吊り上がる。
「システム、戦闘演習モードに移行します。3……2……1……」
エレナが腕を組み不敵に笑う。
マークスが胸の前で手をぎゅっと握りしめる。
「オープンコンバット」
アナウンスと共に、青かったフィールドの障壁が赤く変わる。
今、相反する二人の疾走が始まった。
先に動いたのは宮葉小路の方だった。
戦闘開始直後、一気に五メートルほど飛び退きながらテクニカルの詠唱を始める。
「ソロウ-スライト-ディスタンス-リザーブ-リリース、彼の者に!」
(何だ?あの詠唱……)
それは、日向が今までに聞いた事のない詠唱方法だった。
混乱している彼に、宮葉小路は容赦なくテクニカルを発動する。
「ソディア!!」
宮葉小路の周囲に発生した、たくさんの氷の針が日向目がけて一斉に飛んでいく。
「ちっ、当たるかよ!!」
右に跳び避ける。
対象者に当たる事のなかった氷針は、そのまま直進し赤い障壁に当たって砕けて消えた。
――たったあれだけの詠唱でソディアを発動しやがったのか……?――
右手をつき起き上がった日向は、そのままの姿勢で少し考える。
今の威力、術の詠唱速度から考えて、宮葉小路は後方で術を使う火力担当なのだろう。
どちらかと言えば接近戦が得意な自分なら、詠唱中に出来る大きな隙を狙えば勝つのは難しくないが、ソディアの発動ですらあの詠唱時間だ。
下手に近づこうと思えば、詠唱時間の短い術で足止めを食らいかねない。
――ここは、しばらく様子見だな。
そう結論付けた日向は、回避準備をしながら相手との間合いを詰める隙を窺う。
しかし、それも許さない宮葉小路の、容赦ない攻撃が続けて日向を襲う。
(ちっ、うぜぇ……っ!)
右に左に跳びながら、撃ち込まれる氷の弾丸をかわす。
これでは、間合いを詰めるどころではない。
ざっ、と、更に後に飛び退く。
日向の後には赤い障壁がせまっていた。
距離にして約三十メートル。
形成されたフィールドいっぱいいっぱいの間合いである。
短時間詠唱のテクニカルを連発していた宮葉小路だったが、ここにきて詠唱を変えた。
左前半身に構え、右手で印を描き出す。
目は真正面に日向を捉え、その口が信じられない速さで詠唱を始めた。
「ソロウ-エクストリミティ……」
(あれは……上級テクニカルの詠唱だな)
日向の目が光る。
(馬鹿が。この距離なら詠唱が終わるまでに詰められる……!!)
そう確信した日向は、詠唱を続ける宮葉小路に向かい疾走を開始する。
黒い体が、爆ぜるように大地を蹴り、ひとつの弾丸となって飛んでいく。
しかし、である。
「……ディスタンス-リザーブ-アイス-ダンス-リリース、彼の者に!」
後一歩で間合いが詰められる、という時に、あろう事か詠唱が終了してしまった。
目に見えるほど強いメンタルフォースが、宮葉小路の周りで渦を巻く。
――このままでは、まずい。
飛んでくるであろう術の軌跡を予測し、宮葉小路の左半身にタックルを当てに行く。
「保留――!!」
宮葉小路は叫ぶと同時に体を右にひねった。
そのお陰か、宮葉小路はタックルをまともには喰らわなかったものの、日向の右肩は確実に彼を捉えていた。
「ぐっ!!」
痛みに呻きながら、右に弾き飛ばされる宮葉小路。
だが、吹き飛ばされながらも体を反転させ、すれ違った日向に向き直る。
そして、左手を彼に伸ばし、告げた。
「――解放」
(なにっ!?)
日向の目が見開く。
確かに詠唱は妨害した……はずなのに。
宮葉小路は、まるで何事もなかったかのように、術を発動した。
五メートル程の近距離で放たれる、哀のテクニカルでは最上級の術。
「――氷舞(こおりまい)!!」
宮葉小路の言葉と共に、彼の周囲に全長六十センチ程の斧を持った氷の妖精が無数に現れる。
妖精たちは、一斉に敵に飛び掛っていった。
本来は、術者の周囲を殲滅する範囲攻撃のそれは、一対一の戦いにおいてアレンジが加えられ、寸分違わず日向に向けられている。
この数では、いかに日向といえども回避する術はない。
「ちっ……くそがぁっ!!」
日向の言葉は、しかし術による爆音にかき消された。
青白い閃光は、彼自身の姿すらも見えずに。
――そう、間違いなく、術は日向に直撃したのだ。