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BLACK=OUT

第一章第三話:黒き式神

 宮葉小路の放った一撃「氷舞」は、見事に日向に直撃した。
 その閃光で目が眩み、誰も、何も見えなかった。
 だが、あの攻撃をまともに食らっては……。
「日向さんっ……!!」
 呼びかけ駆け寄ろうとするマークスを、隣に立つエレナが引きとめる。
「待ちな。まだ勝負はついてないよ」
 そう、この戦闘の勝利条件は「相手が戦闘不能になるまで」。
 フィールドに展開された障壁は、まだ赤い。
 戦闘は、終わってはいないのだ。
 しかし……。
「でも、あれじゃきっと日向さん大怪我ですよ! すぐに手当てしなきゃ……」
 なおも日向の許へ行こうとするマークスの右腕を掴んだまま、エレナは意味ありげに口元を歪めた。
「まあ見てな。……彼、意外としぶといよ?」
(テクニカルは直撃した。まだ戦闘は終わってないが、もうまともに戦えまい……)
 宮葉小路は、すっと構えを解くと、日向へ歩いていった。
 が、数歩でその足が止まる。
 もう、戦えないはずだ。
 なのに。
――彼は、立っている。
 左のこめかみから顎にかけて鮮血に染まってはいるが、それ以外何ら支障なく立っている。
 驚き目を見開いたまま硬直している宮葉小路に向かい、日向は言った。
「なるほどな。MFTってのは伊達じゃねぇらしい。今の、まともに食らってたらヤバかったぜ」
「氷舞!!」
 轟音と共に渦を巻いたメンタルフォースが、日向を目がけ飛んでいく。
(駄目。あれじゃ避けきれない)
 エレナは、日向への直撃を確信した。
 恐らくは宮葉小路も、そして日向本人もだろう。
(終わったわね……)
 そう、彼女は思った。
 しかし、術がヒットする直前、彼の唇が動いたのだ。
――何かを、呟いた……?
 そう、直前に、日向はテクニカルを発動したのだ。
 最低限度の詠唱で……。
「……なるほど、直前でレジストしたか」
 くっ、と忌々しげに吐き捨てる宮葉小路。
「ふん。……まだ、勝負は着いちゃいねぇぞ」
 左手で、頬を濡らす血液を拭うと、日向は不機嫌そうに言った。
「さて……次は俺の番だな」
 振り上げた右手を、袈裟に大きく薙ぎ払う。
 その手に握られているのは……青く輝く剣、シタール。
……彼は、今まで武器を持たずに戦っていたのだ。
 驚いたのはエレナである。
「あらららら? 日向ってテクニカルユーザーじゃないの?」
 自身の左に立つマークスに慌てて確認する。
「いえ、私を助けてくれた時にはテクニカルを使っていましたけど……そういえば、あの時武器も持っていましたねぇ……」
 きょとん、としながらマークスが答える。
 しまった、マークスの話から、てっきりテクニカルユーザーだと思っていた。
 これでは、どう考えても宮葉小路に勝ち目はない。
 しかし、宮葉小路は臆することなく日向を睨みつける。
「ようやく本気を出す気になったのか。いつまで経っても武器を出さないから、てっきりテクニカルユーザーかと思ったよ」
 そして――
「――ふっ!!」
 宮葉小路は、自身に対し右側に、日向に背中を向けないようダッシュした。
 そしてそのまま、右手で印を描き続ける。
「させるかよっ!」
 叫び、同時に宮葉小路へと一気に間合いを詰めようとする日向。
「それはこちらの台詞だ!」
 記述詠唱を終え、幾本もの氷の矢が日向を襲う。
 しかし、それを紙一重でかわしながら、日向は確実に獲物へとその距離を詰める。
 その距離、今や五メートル。
「チョコマカとっ!!」
「てめぇがおせぇんだよ!」
 日向の右手に握られたシタールが唸る。
 空気を切り裂き、五メートルもの距離を一瞬でゼロにする突きの一閃。
「食らえよっ! 士皇冥牙(しおうめいが)!!」
 だが、その剣先が宮葉小路を捉えるよりも一瞬早く、彼の体が数十センチ後ろへ跳んだ。
「式っ!!」
 宮葉小路がそう叫ぶと同時に現れた黒い鳥が、日向の左肩へ身を当てる。
「ぐっ!!」
 不意の出来事によろめいた日向に、宮葉小路が間髪いれず追撃。
「ルーウェイト!!」
 出現したバスケットボール大の氷塊が、日向の腹部に直撃する。
 今度は、レジストする間もなかったようだ。
「っぐはっ!」
 呻き後方へ弾き飛ばされる日向。
 片や宮葉小路は、落ち着き払って立っている。
 その右肩には、先ほど現れた黒い鳥……宮葉小路の「式神」がとまっていた。
(さすがに……やるね、利光)
 思いのほか、日向に対し善戦する宮葉小路に、エレナは感心していた。
 間合いを取れば、日向は攻撃が出来ないだけでなく、一方的に的になってしまう。
 かと言って間合いを詰めようとすれば、あの大鷲ほどの大きさがある彼の式神が、日向の接近を拒むだろう。
(……さあ、どうする? 日向クン……)
 起き上がり、腹部を押さえ膝立ちのまま宮葉小路を睨む日向を、エレナは面白そうに眺める。
 圧倒的に不利な状況下で、だが日向の目はまだ死んでいない。
 それどころか……
「エレナさん……日向さん、笑っていませんか……?」
 マークスの問いかけに、エレナは答えない。
「宮葉小路……だったな……」
 日向の唇から言葉が漏れる。
「てめぇ、やっぱバカだろ?」
 意外な言葉に、宮葉小路の目が見開かれる。
「……もらったぜ、このバトル」
 口の端から零れた一筋の鮮血を右手で拭うと、日向はぐっ、と立ち上がった。
 焼けるような闘志にフィールドが呼応するかのように静まる。
 振り払われた手にはシタールが、右だけでなく、左にも握られていた。

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