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BLACK=OUT

第十章第二話:白い声

 いくつかの、受付と書かれた札が並ぶカウンター。
 正面入り口から入ってすぐ目に入るべきそれは、居並ぶ男女に妨げられている。
「やっぱりな。ノースヘルの戦闘部隊だ」
「ってことは、こいつらもメンタルフォーサー?」
 宮葉小路と神林の会話を尻目に、ずいと日向が進み出る。後ろに構えるマークスも、既に銃を手に取り臨戦態勢。
「親父は、俺を誘い込んだんだ。歓迎の準備くらい、してあんだろ」
 右手に現れる、刺突に特化した形状の剣。左前半身に、低く構える。
「ま、そりゃそうだけどね……さっさとやっちゃお。時間無いし」
 重みの全く無い台詞とは裏腹に、日向の隣に立った神林は鋭い圧力を放つ。その、一挙手一投足が、敵の戦意を奪っていく。それが、手に取るように判るのだ。
「雑魚だな。それほど時間を掛ける事も無いだろう。一気に行く」
「援護します。和真さん、無茶しないでくださいね」
 宮葉小路が、マークスが、それぞれ意志を示す。
 もう、戻れない。
 その一歩を、4人は踏み出した。

――ノースヘル第三支社ビル最上階。

「そうか、来たか」
 黒衣の青年から受けた報告に、白衣の男、日向伸宏は短くそう応えた。
 待ちに待った、ついに迎えたこの時を、この男はどのような感慨をもって傍観しているのだろう。
 “封神の力”を手に入れる、そのためだけの大掛かりな戦いは、しかしその目的をして見れば決して大なるものではない。
「どのように?」
 跪いた青年が指示を請う。
「予定通りのルートに案内しろ。ここへ来るまでに、最後の仕上げをせんとな。あいつがまだ、余計な望みなど持っていては困るのでね」
 その声音は、愛しい我が子(BLACK=OUT)を迎える歓びに満ちている。
――冷たい笑みとは、裏腹に。

『えらい遅うなりました。第三支社ビルの見取り図手に入ったんで送ります』
 四宝院からの通信を聞き、各々がデバイスを手に取った。
 そこには、日向たちが立っている場所と、このフロアの俯瞰図、そしてビルを縦割りにした断面図が、それぞれ映っている。
「どうせならモデルマップ送ってこいよ」
 これでは位置関係が把握しづらい、と文句を言う日向に、
『贅沢言わないでくださいぃ。この状況でぇ、コレ探すのがどれだけ大変だったかぁ』
 と、メイフェルが言い返した。
「現状で、進みやすそうなルートはあるか?」
『MFアトモスフェアの分布なら、東エレベーターで25階まで昇って、ラボの中を突っ切って西エレベーターで最上階、ちゅうのが妥当やと思います』
 宮葉小路の問いかけに、四宝院が答える。時間が無く、日向も危ない。少しでも戦闘回数を減らしたいのだ。
「最上階っていうのは、間違い無いんですか?」
 マークスが尋ねる。四宝院が口を開くより早く、
「ああ、そりゃ十中八九間違いねぇぜ」
 日向が、答えた。
「親父は俺を捕らえたい。最上階なら、俺たちがそこから退却できる可能性が最も少ないからな」
「なるほどね」
 神林が、手にした太刀の峰で自分の肩をトントンと叩きながら相槌を打った。鋼で出来ていたならば、軽く30キロはあるだろうその太刀を片手で振り回す様は、やはり違和感がある。
「エレベーター、動くかな」
 マークスが、壁に備え付けられたコンソールまで歩いていく。しばらく操作すると、エレベーターのドアが軽いエア抜けの音と共に開いた。
「いらっしゃいませ、ってか」
 一同、押し黙る。途中、電源を落とされたら万事休すだ。さりとて他に上へ向かう手段があるわけではない。
  四宝院たちが手に入れた見取り図に因れば、東と西に3つずつ設置されたエレベーター以外に昇降施設は無いようだ。いや、一応は階段も設置されているのだ が、センサーで見る限りメンタルフォーサーがぎっしり詰まっていると見て間違いない。どちらも、危険なことに変わりはないだろう。
「親父なら……」
 しばらく考えて、日向は口を開いた。
「多分、エレベーターで“昇らせる”ぜ」
「飛び込むか? 獣の口の中に、さ」
 まずは定める。採るべき道を。
 宮葉小路の問いかけに、残る3人は首を縦に振って答えた。
「じゃあ行こう。さっきからコイツ、首を長くしてお待ちだ」
 目の前に、大口を開けたエレベーターが在る――。

 体が下へ引っ張られるような、嫌な感覚と共に高度が上がっていく。電光の階数表示からもそれと知れるが、何より下へ下へと流れていく景色が明白に示していた。
「いい眺めですね……」
「ああ……」
 並んで、小さくなっていく地表の様子を見る二人に、
「緊張感無いねぇ」
 と神林が呆れたような声を出した。
 宮葉小路は我関せず、とばかりにデバイスを操作している。

 やがて。
 4人を乗せたエレベーターは、25階に辿り着いた。

 開いたドアの向こうに、武装集団が構えている。
――そんな予想は、裏切られた。
 向こう側、まっすぐに伸びる通路は薄暗く、青い間接照明が僅かに灯っているだけ。
 慎重にその一歩を踏み出した彼らの耳に響くのは、痛いほどに反響した自らの足音のみ。立ち止まれば耳鳴りがするほどに静寂が支配した、重すぎる世界が、そこには在った。
「誰も、いないな」
 宮葉小路が、呟くように漏らしたその言葉も、例外無く木霊し耳に届く。自然、皆の口は重くなり、靴裏が床を叩く音だけが、波紋を残して留まり消える。
 ずっと先は闇に沈んで見えないが、どうやら西側まで一直線のようだ。途中、枝分かれするように、やや細い通路が右へ左へと伸びているのが見て取れる。
 きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていたマークスが、ふと何かに気付いたかのように足を止めた。
「どうした、マークス」
 振り返ると、マークスが向かって左側に伸びる通路の先へ顔を向けたまま動かないでいる。
「声が、したの」
 何も聞こえないはずの闇の向こう、青い瞳が、その先を見据える――。

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