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BLACK=OUT

第五章第四話:黒い群れ

 ざん。
 朱袴が、目に鮮やかに。
 それが振るう大太刀は舞に似て。
 彼女の後ろに累々と積まれたマインドブレイカーの亡骸が無ければ、さぞ見る者の目に優雅に映ったろう。
「………………」
 年の頃、17、8か。
 長い栗色の髪に、気が強そうな瞳。
 何かを呟くと、たおやかに、だが風よりも速く街を駆けた。

 ここが、彼女が守るべき街だから。

「日向さん!!」
「ほら、言わんこっちゃ無い! 式っ!!」
 すかさず式神が母体へ牽制をかける。
 怯んだか、母体は数メートル後ろへと飛び退いた。
 すぐさま倒れた日向へと駆け寄り、追撃を防ぐよう二人が立ちはだかる。
「どうした日向、お前らしくもない!!」
「……っく……!」
 見れば、日向の顔色が悪い。
 既に血の気が無く、唇は変色して紫。
 何よりその双眸には覇気が無い。
「……………………」
 手の震え。
 彼は、一体何が見えているのか。
「しっかり、日向さん!!」
 マークスの呼びかけも耳に入らないかのように、彼は二人を押しのけた。
「おふ……くろ……」
 立ち上がった彼の左手には、もう一振りのシタール。
「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ…………!!!!!!」
 刹那。
 周囲が彼の怒気に染まる。
 日向が見せた激昂に、空間が赤く歪む。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「日向さん!!」
「日向っ!!」
 最早弾丸と化した日向、誰も止める術を持たない。
 目の前の敵、母体だけを視界に収め、彼はそれを討とうとする。
「ジャマ……シナイデ……」
 母体から、次々とマインドブレイカーが放たれ、すぐに日向を取り囲んだ。
「邪魔なのはテメェだぁっ!!」
 叫び、力任せに薙ぎ払う日向。
 しかし、母体からはまさに無尽蔵にそれは生まれ彼へと襲い来る。
「馬鹿、一人で取り囲まれてどうする!」
「宮葉小路さん、そんな事言ってる場合じゃないですよ」
 何も取り囲まれているのは日向だけではない。
 もちろん、後ろに取り残されたマークスたち二人も同様だった。
「どうする、式神だけで抑えられる量じゃないぞ」
「詠唱も、許してもらえそうにないですね」
 優に30体はいようかという大所帯を相手にするには、前衛がいない今の状況は絶望的としか言えない。
「まずは……」
「囲みを抜けるのが先、ですね」
 このままでは日向のサポートも出来ない。
 それどころか、自分達の命の火さえ、いつ吹き消されるか判らない。
「お願い、それまで頑張って、日向さん……」

 いかにスピードが身上の日向とは言え、攻撃と防御は己の前面でしか行えない。
 そのため、仮に取り囲まれてしまえば、その状況を脱するのは困難を極める。
 囲まれる前に、そのスピードを生かして離脱するのが遊撃の定石なのだが、今の彼は完全に錯乱していた。
 恐らく、自分が窮地に立たされていることすら気付いていないだろう。
「ぐあぁらぁっ!!!」
 日向の放つ二筋の剣先は、一度に5体ものマインドブレイカーを霧散させる。
 だが同時に、彼の背中は3体から攻撃を受けているのだ。
 振り向き、これを討っている間に、新たに5体のマインドブレイカーが生まれ戦列に加わる。
 背中からの出血も、もうかなりの量になる。
 それに加え、戦闘の疲弊で日向の攻撃も精度が落ち、比例して彼が受ける傷の量も増えていく。
 そして日向自身は、そんな自分の状態に気がついていない。
 終わりは、もう見えていた。

「ダメだ、詠唱が間に合わない! 式!!」
「いくら連射式でも、抑えるだけで精一杯です!!」
 マークスたちも、群がるマインドブレイカーを相手に苦戦していた。
 二人で背中合わせに、自分の前面を守るだけで手一杯なのだ。
 日向と違い、術を詠まなければ決定打を与え得ない二人では、何処まで行ってもこの状況を脱するカードが手に出来ない。
 遠く、マインドブレイカーの放つ耳障りな音の向こうで母体の声がする。
「モウスグ……オワル……ゼンブ……オワラセル……」
 きっと、あの母体の行動は、全てそのためのものなのだろう。
 だが、この状況で聞くその台詞は、まるで自分達の事を指しているかのようにマークスには聴こえた。
 もう、精神力も持たない。
 耐えることが出来るのは、良くてあと数十秒、それは宮葉小路も同じだろう。
(これで終わり……なのかな……)
 半ば諦めかけた、その時。
「牙斬剣(がざんけん)!!」
 群れるマインドブレイカーの向こう側で、凛とした声が響いた。
 直後、ドン! という轟音とともに、マインドブレイカーの一角が宙に舞うのが目に入る。
「ああもう、数多すぎ! いちいち相手なんてしてらんないわ! 今すぐブッ飛ばす!!」
 姿は見えないが、声はマークスと同じくらいの年頃の少女のものだ。
「おーい、人間は伏せといて! 危ないぞぉ!  神林流心刀奥義っ! 風牙昇龍陣!!!」
 一瞬、空気の壁がぶつかって来たかのような衝撃の後、地面に緑色の魔方陣が広がるのが見えた。
「何か知らないが……」
「危なそう……ですね……」
 咄嗟に二人がかがんだ直後。
「吹き飛べっ、異形なる者どもよぉっ!!」
 魔方陣から噴き上がったメンタルフォースの奔流が、母体を含む全てのマインドブレイカーを巻き込んでいく。
「ふーっ、気分爽快っ! 妖(あやかし)は在るべき場所に還れ……なぁんつってね♪」
 広がった視界の中、そこに立っていたのは一振りの大太刀を持つ巫女だった。

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