BLACK=OUT
第五章第四話:黒い群れ
ざん。
朱袴が、目に鮮やかに。
それが振るう大太刀は舞に似て。
彼女の後ろに累々と積まれたマインドブレイカーの亡骸が無ければ、さぞ見る者の目に優雅に映ったろう。
「………………」
年の頃、17、8か。
長い栗色の髪に、気が強そうな瞳。
何かを呟くと、たおやかに、だが風よりも速く街を駆けた。
ここが、彼女が守るべき街だから。
◇
「日向さん!!」
「ほら、言わんこっちゃ無い! 式っ!!」
すかさず式神が母体へ牽制をかける。
怯んだか、母体は数メートル後ろへと飛び退いた。
すぐさま倒れた日向へと駆け寄り、追撃を防ぐよう二人が立ちはだかる。
「どうした日向、お前らしくもない!!」
「……っく……!」
見れば、日向の顔色が悪い。
既に血の気が無く、唇は変色して紫。
何よりその双眸には覇気が無い。
「……………………」
手の震え。
彼は、一体何が見えているのか。
「しっかり、日向さん!!」
マークスの呼びかけも耳に入らないかのように、彼は二人を押しのけた。
「おふ……くろ……」
立ち上がった彼の左手には、もう一振りのシタール。
「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ…………!!!!!!」
刹那。
周囲が彼の怒気に染まる。
日向が見せた激昂に、空間が赤く歪む。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「日向さん!!」
「日向っ!!」
最早弾丸と化した日向、誰も止める術を持たない。
目の前の敵、母体だけを視界に収め、彼はそれを討とうとする。
「ジャマ……シナイデ……」
母体から、次々とマインドブレイカーが放たれ、すぐに日向を取り囲んだ。
「邪魔なのはテメェだぁっ!!」
叫び、力任せに薙ぎ払う日向。
しかし、母体からはまさに無尽蔵にそれは生まれ彼へと襲い来る。
「馬鹿、一人で取り囲まれてどうする!」
「宮葉小路さん、そんな事言ってる場合じゃないですよ」
何も取り囲まれているのは日向だけではない。
もちろん、後ろに取り残されたマークスたち二人も同様だった。
「どうする、式神だけで抑えられる量じゃないぞ」
「詠唱も、許してもらえそうにないですね」
優に30体はいようかという大所帯を相手にするには、前衛がいない今の状況は絶望的としか言えない。
「まずは……」
「囲みを抜けるのが先、ですね」
このままでは日向のサポートも出来ない。
それどころか、自分達の命の火さえ、いつ吹き消されるか判らない。
「お願い、それまで頑張って、日向さん……」
いかにスピードが身上の日向とは言え、攻撃と防御は己の前面でしか行えない。
そのため、仮に取り囲まれてしまえば、その状況を脱するのは困難を極める。
囲まれる前に、そのスピードを生かして離脱するのが遊撃の定石なのだが、今の彼は完全に錯乱していた。
恐らく、自分が窮地に立たされていることすら気付いていないだろう。
「ぐあぁらぁっ!!!」
日向の放つ二筋の剣先は、一度に5体ものマインドブレイカーを霧散させる。
だが同時に、彼の背中は3体から攻撃を受けているのだ。
振り向き、これを討っている間に、新たに5体のマインドブレイカーが生まれ戦列に加わる。
背中からの出血も、もうかなりの量になる。
それに加え、戦闘の疲弊で日向の攻撃も精度が落ち、比例して彼が受ける傷の量も増えていく。
そして日向自身は、そんな自分の状態に気がついていない。
終わりは、もう見えていた。
「ダメだ、詠唱が間に合わない! 式!!」
「いくら連射式でも、抑えるだけで精一杯です!!」
マークスたちも、群がるマインドブレイカーを相手に苦戦していた。
二人で背中合わせに、自分の前面を守るだけで手一杯なのだ。
日向と違い、術を詠まなければ決定打を与え得ない二人では、何処まで行ってもこの状況を脱するカードが手に出来ない。
遠く、マインドブレイカーの放つ耳障りな音の向こうで母体の声がする。
「モウスグ……オワル……ゼンブ……オワラセル……」
きっと、あの母体の行動は、全てそのためのものなのだろう。
だが、この状況で聞くその台詞は、まるで自分達の事を指しているかのようにマークスには聴こえた。
もう、精神力も持たない。
耐えることが出来るのは、良くてあと数十秒、それは宮葉小路も同じだろう。
(これで終わり……なのかな……)
半ば諦めかけた、その時。
「牙斬剣(がざんけん)!!」
群れるマインドブレイカーの向こう側で、凛とした声が響いた。
直後、ドン! という轟音とともに、マインドブレイカーの一角が宙に舞うのが目に入る。
「ああもう、数多すぎ! いちいち相手なんてしてらんないわ! 今すぐブッ飛ばす!!」
姿は見えないが、声はマークスと同じくらいの年頃の少女のものだ。
「おーい、人間は伏せといて! 危ないぞぉ!
神林流心刀奥義っ! 風牙昇龍陣!!!」
一瞬、空気の壁がぶつかって来たかのような衝撃の後、地面に緑色の魔方陣が広がるのが見えた。
「何か知らないが……」
「危なそう……ですね……」
咄嗟に二人がかがんだ直後。
「吹き飛べっ、異形なる者どもよぉっ!!」
魔方陣から噴き上がったメンタルフォースの奔流が、母体を含む全てのマインドブレイカーを巻き込んでいく。
「ふーっ、気分爽快っ! 妖(あやかし)は在るべき場所に還れ……なぁんつってね♪」
広がった視界の中、そこに立っていたのは一振りの大太刀を持つ巫女だった。