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BLACK=OUT

第九章第九話:黒い未来を光に変えて

 静か過ぎる部屋。
 宮葉小路は、もう習慣化している日記を付け終えると、ため息一つ、デバイスを閉じた。

 施設内にいた日向たちMFTの奮戦の結果、辛くも敵部隊を退けることが出来た。
 それは、奇跡に近かったのかもしれない。あるいは、ノースヘルが仕掛けた罠だったのならば、必然か。
  打ち倒した敵の一人が持っていたIDカードには、“ノースヘル”と明記されていた。彼らの使用する、極端にノイズを発生するMFCによる障害は、敵の本拠 を燻し出す結果も伴った。B.O.P.が所有・管理するMFCの電波障害が、彼らの移動ルートに沿って起こるのだから、それは当然と言える。
 ならば、これは。
 日向を導く、否、日向を取り込むための襲撃だったのだろう。

 宮葉小路の手には、自分のデバイスともう一つ、同じ形をした、同じ物。
 厚さ1センチほどのその側面にあるスライド式の電源スイッチを、今まで何度もそうしてきたように、入れる。
 デバイスの管理者権限を持つアカウントは、“Elena=Fortcalt”。
 その中に収められた、幾百もの写真。
 彼女が、愛した証。

 僕が、今、望むことは――。

 不意に、自分のデバイスからアラームが聞こえた。手にしていたデバイスを机の上に置くと、宮葉小路は、さっきまで日記を付けていたそれを手に取り、画面を開く。
 手帳大の画面、その右上隅に点灯する、スピーカー型のアイコン。簡易チャットだ。
 タッチパネルに指を触れると、見慣れた名前が目に飛び込んできた。

“神林命:勝てるかな、明日”

 明日、MFTは出撃する。
 日向を治す、一縷の望みのため。街を、人を、これ以上彼らの犠牲にしないため。

“宮葉小路利光:勝てるさ。勝つんだ、絶対”

 それは、事実ではない。希望であり、ただの、願いだ。
“明日の戦いが終わったら、全部元通りだよね? 壊れたB.O.P.も、壊された和真も、あたしたちも……”
“……元通りになんか、ならないさ”
 少し考えて、宮葉小路は言葉を書き込んでいく。
“壊れた設備は、直せる。和真も、もしかしたら治せるかもしれない。だけど、壊れたっていう事実は、無くならない。死んだ人も、……戻らない”
“だけど、”
“それでも……”
 何か言いかけた神林を遮って、宮葉小路は続ける。これだけは、言わなくてはいけない。自分が戦う意味を、自分に確かめるために。

“それでも、僕は行く。行かなくちゃ駄目だ。起こった事を、無かった事になんか、出来ないんだ。そうやって逃げて、僕は全部を壊しそうになった。だから、全部受け止めて生きていく。今を、そしてこれからを”

 だから、僕は行くんだ。
 そう、締めて。

“……強いね、利くん”
 ややあって、神林が応える。
“弱いさ。僕は、弱い”
 それは、自嘲ではない。普く自分を受け止めた、あるべき姿。
“そんなこと、無いよ。あたしには、出来ないもん”
“どうした、珍しく弱気だな”
 返すその顔には、苦笑が浮かぶ。
“大丈夫だ。みんながいる。それに、僕がいる”
 迷わない。見失ったり、しない。
“何があっても、ちゃんと受け止める。命の分まで、受け止める。僕は、命が、大切だ”
 穏やかに、慈しむように。
 大切なものを、心に、留めるように。

――絶対に、ここへ戻ってくる。そして、これからも、生きていく。

 飾り気の無い天井を見上げる。

 大丈夫、僕は、大丈夫。
 安心していいんだ、エレナ――。

「ノースヘル第三支社までのルート確保と、周辺住民の避難勧告。まあ当然、みんなもう逃げた後やろうけどな」
「輸送車両は破壊されたしぃ、公共の交通機関は全部止まってるしぃ……」
 MFT作戦室では、四宝院たちが残業をしていた。
 明日、MFTはノースヘルに攻撃を仕掛ける。その準備ももちろんあるのだが、それだけではない。
 メイフェルが逃げ込んだCCRでの戦闘により、ほとんどの電子機器が破壊されてしまったのだ。
 幸い電源は生きているし、MFTのコンピュータは別の場所にサーバーとシステムを置いているため使用するだけならば問題は無い。だが、研究データを含めたほとんどの資料が閲覧できなくなってしまった。
 メディカルセクションに至っては、システムのほとんどをラボと共有していたため、全く活動が出来ない状況にある。
 そうした物的・人的被害により、現在のところB.O.P.で動けるのはMFTだけなのだ。実際問題として、B.O.P.は全滅したと言っても過言ではない。

「明日の出撃で、全部決まるんやな」
 悪い冗談みたいだ。
 ノースヘルと日向伸宏が何を企んでいるのかは杳として知れないが、彼らの狙い通りに事が進んでいるのだけは間違いない。日向の身を欲す彼らの手に、日向が渡れば、どうなるか――。
「勝てるのかなぁ、本当にぃ……」
 メイフェルが手を止め、ぽつり、と呟いた。
 明日の朝出撃する日向たちが、もしも、帰ってこなかったら。
 残された自分たちなど、本当に非力な、何も出来ない存在なのに。
 どうすれば、いいのだろうか。
「俺らがそんなんで、どうするんや」
 四宝院が、静かに笑みを浮かべる。
「俺らは、俺らの出来ることをする。力強く送り出して、サポートして、んで帰ってきたら、笑顔で迎えるんや。俺らは日向さんらを信じて、俺らの戦いをするだけや」
 ディスプレイの灯りに、淡く映し出されたその笑顔。
 不安など払拭し、力強く、そこに在る想いを抱いて……。

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