BLACK=OUT
第一章第一話:黒の組織
「宮葉小路さん、聞きましたかぁ?」
どこか間の抜けた声で、少女は問うた。
ゆっくりと振り向いた青年……宮葉小路は、眼鏡の奥の目を少女に合わせた。
「聞いたかって……一体何の話だ?」
問い返された少女は、得意そうに笑うと、言葉を続けた。
「長官が話してるの聞いちゃったんですぅ。どうやらぁ、今日、新人さんが入隊されるそうですよぉ」
ここは、旧特殊心理学研究所。
11年前、急増するマインドブレイカーに対抗するため、その機能を拡大。
当時のプロジェクトネームから「BLACK=OUT Project」―――通称、B.O.P.―――に改名された。
白い清潔感のある建物の外観は、さながら病院のようだ。
建物自体は10フロアあり、ラボラテリーセクション、メディカルセクション、オペレーションセクションと、大まかに3つのセクションに分けられている。
ここ―――宮葉小路達のいるオペレーションセクションは、機械的な内装を取り入れており、金属的な……まるでSFにでも出てきそうな雰囲気を醸し出している。
建物内部には、侵入者を撃退する自衛設備など、軍レベルと言っても過言ではない程に整えられている。
それもそのはず、B.O.P.の中心となるのは、メンタルフォーサー・チームと呼ばれる、その名の通りメンタルフォーサーによる戦闘部隊なのである。
そのメンタルフォーサー・チーム―――MFT―――の作戦室で、場違いなほど能天気な声が響いていた。
「新人?もしかして……女の子か?」
二人の会話に割って入った青年は、キーボードを叩く手を休め、左目を細めた。
「カワイイ娘やとえぇなぁ……」
「むぅ、恭ったら、そんなことばっかりぃ」
ぷぅ、と膨れて少女は青年を睨んだ。
「わたしはぁ、やっぱりぃ、カッコいい男の方が……キャー」
手をパタパタと振りながら、少女はだったらどうしよう、とでも言うかのように表情を崩した。
「メイフェルも四宝院も、どっちもどっちだ」
宮葉小路は呆れてため息をついた。
まあ、この二人は今に始まった事ではない。
長くはないが、決して短くはない付き合いの中で、宮葉小路はとうに諦めていた。
「……どちらにせよ、戦力になるかならないか、それが一番重要だろう」
「わかってますけどぉ、どうせ同じ戦力になるならぁ、やっぱり男の方の方がぁ……」
「あかん、絶対女の子の方がええって!」
「男の子ぉ!」
「女の子や!」
むぅ、と睨み合う二人。
それまで、いつものように黙って三人のやり取りを聞いていた女性が、初めて声を上げた。
「アタシも戦力の充実は必要だと思うね。オールマイティーに戦える人って、今のところいないしねぇ……。マークス、アンタは新人に関して何か聞いてないかい?」
突然話を振られて、少し面食らった顔をするマークス。
「え? えと……?」
「アンタ……話聞いてたかい?」
苦笑しながら女性は言った。
「す、すみません、エレナさん……」
マークスはしゅん、と萎縮した。
「まぁいいさ。何かとっても気になる事があるみたいだしねぇ?」
エレナと呼ばれた女性は、思わせぶりに笑いマークスを横目で見つめる。
何もかも見透かしていそうなその目に、居心地の悪さを感じたマークスは、ただ視線をそらすしかできなかった。
(だって……似てたんだもん……)
あの時の事を思い出そうとした、その時。
プシュー、というエア抜けの音と共に扉が開き、少年が一人入ってきた。
後ろで束ねられたブルーグレーの長髪。
漆黒の衣服。
そして、人を射る様な、それでいて空虚な瞳……。
「あ……!」
思わずマークスは声を上げた。
その声に一度視線をマークスに移した少年は、別段表情も変えずにまた視線を戻した。
「ここ、MFTのオペ室か?」
目の前にいたメイフェルに訊ねる少年。
「は、はいぃ……そうですけどぉ……」
メイフェルの返答に若干目を伏せた少年は、そこにいる5人の男女をぐるりと見回してこう言った。
「本日付で、BLACK=OUT Project メンタルフォーサー・チームに入隊した日向和真、18。TC-005(ダブルオーファイブ)、戦闘担当として配属された。お前達と馴れ合うつもりはないが、一応命令なんでな。戦闘も含め、一人でやらせてもらうので、そのつもりで」
ぽかんとする一同。
(これはまた……個性強そうな人だね)
(日向……さん……?)
(ふん、協調性のない奴だ)
(女の子ちゃうんかぁ……)
(か……カッコいいかも……)
様々な思惑が交差する中、最初に口を開いたのはMFTのリーダー、エレナだった。
「それじゃあ、アタシらも自己紹介しとこうか。アタシは、エレナ=フォートカルト、22歳。MFTのリーダーってことになってるんで、よろしく」
ニコ、と笑い、そして視線をマークスに向けた。
「あ……えと、マークス=アーツサルト、16歳です。あの……えと、この間はどうもありがとうございました」
ペコリ、とお辞儀をするマークス。
「あれ?マークス、アンタ知り合い?」
意外そうな顔でエレナが訊いた。
「はい。先日のα1区の掃討戦の哨戒任務の時に……」
「ああ、アンタが負傷したあの時? じゃあ……」
頷きながら、マークスは続けた。
「はい、その時助けて下さったのが、日向さんなんです」
「へぇ、そりゃあスゴイ偶然じゃないか。アンタ、マークスが世話になったね」
そう言いながら、ポンポンと日向の左肩を叩くエレナ。
「別に、助けたわけじゃねぇよ。たまたま近くにいただけだ。その女がどうなろうが、俺には関係ねぇ」
日向の左手が、エレナの右手を払う。
エレナは、さして気に留めた様子もなく肩をすくめた。
「はい、次々」
脱線しかけた自己紹介を軌道に戻すため、エレナは四宝院に視線を向けつつ言った。
渋々、といった感じで立ち上がった四宝院は、日向に向き直り、
「MFTの専属オペレーター、四宝院恭、21や。よろしゅう頼んま……のわっ!?」
と言いかけた所で、左側に突き飛ばされた。。
「専属オペレーターのメイフェル=G=彩菜ですぅ。19歳ですぅ。よろしくお願いしますぅ」
四宝院を突き飛ばした犯人が、下を向きモジモジしながら自己紹介をする。
(メ……メイフェ……がくっ)
打ち所が悪かったのか、四宝院はそのまま意識を失ってしまった。
そんなコメディーですら、無表情に受け止める日向の目が、残る宮葉小路へ向けられた。
こちらも、何やら不機嫌そうな顔をしている。
新入隊員を睨みながら、宮葉小路は口を開いた。
「……宮葉小路利光、21だ。生憎だが、MFTでは協調性のない人間は必要としていない。お前には解らないだろうが、マインドブレイカーとの戦いは、そう甘いものじゃない。自信過剰は結構だが、それで犬死されても迷惑だ。いいか、その態度を今すぐ改めろ。
それが出来ないなら……僕はお前を仲間とは認めない」
厳しい視線を送る宮葉小路に対し、感情のない冷たい目を向ける日向。
温度差のある二つの視線をしばらく絡ませた後、静かに日向が口を開いた。
「……で?」
緊張感を含んだ室内に、落ち着いた声が響く。
「あんたが認めなかったら、俺にとって何か不都合があんのか?」
「―――!!」
不機嫌なだけだった宮葉小路の顔が、見る見る怒気をはらんだ物に変わっていく。
「言っただろうが。
俺はあんたらと馴れ合うつもりなんてねぇ。
勝手にやらせてもらうってな」
「貴様……!!」
と、激昂した宮葉小路が怒鳴りかけた時、褐色の腕が彼を制した。
「まあ待ちなって、利光。
……日向、だったね。
MFTも正直、戦力不足で困ってんのさ。
アンタが一緒に戦ってくれたら心強い」
エレナは、日向の目を見つめながら言った。
「……俺の知った事かよ」
エレナから目を逸らし、日向はぼそっ、と言った。
「そ・こ・で!
アンタに、利光と戦ってもらうよ」
エレナの意外な言葉に、全員の視線が彼女に集中した。
皆、驚きを隠せないでいる。
「もしアンタが勝ったら、好きにすればいいよ。
でも、利光が勝ったら、アタシ達と行動を共にしてもらう。
どう?」
悪戯っぽい目でエレナが笑う。
しばらく考えた後、日向は答えた。
「いいぜ。
MFTの実力、見せてもらおうじゃねぇか」
「………………」
きっ、と日向を睨んだ宮葉小路は、そのまま部屋を出て行った。
「さ、準備して。
恭、メイフェル!」
「了解」
「コンバットシステムぅ、起動ですぅ」
二人がコンソールに向かう。
力と力が、今、ぶつかり合おうしていた。