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BLACK=OUT

第七章第六話:碧が知る闇

 それは、本来ならば日向では詠唱不可能なテクニカルだった。彼自身のキャパシティに対して、求められる精神力が多すぎるのだ。テクニカルを専門とする宮葉小路ですら、十分な精神力と、感情の高揚が無ければ発動は出来ない。
 だと言うのに。
 それは、紛う事無く発動した。日向を中心に、赤茶けた力が渦を巻き、ある一点へと集束する。
 宮葉小路に、では無い。
 この部屋の扉の真上、その天井に向けて、である。
 轟音と共に崩れ落ちたコンクリートの塊は、到底人間が通ることの出来ない瓦礫の山へと、扉を変貌させる。スピーカーからは、プログラム始動のためのカウントダウンが、既に始まっていた。
「やってくれるじゃなねぇか……日向ぁぁぁっ!!!」
「どうして……だろうな……」
 絶え絶えに、日向が呟く。
「てめぇを殺せば、早かったのに……」
 そのまま、日向は気を失った。力なく、壁の紋章に添えられていた腕が地に落ちる。
『サイコロジカルハザード対策プログラム、始動します』
 合成音声のアナウンスが告げ、同時に。
 マークスと宮葉小路は、動かなくなった。

 静かに。
 細い針が、時を刻む音だけが室内に響いている。
 耳障りで、仕方が無い。
 宮葉小路は、薄く目を開けた。

「利君……!!」
 上から、彼の顔を覗き込んでいた少女が、嬉しそうに笑う。なぜ、彼女がここにいるのだろうか。
「……かみ……ばやし……?」
 「どうして?」と言いかけて、彼は顔をしかめた。体の節々が痛いが、それ以上に何だか頭が痛い。気分も、決して優れているとは言えない。
「ああ、ほら、まだ寝てないとダメだって。あんたBLACK=OUTが覚醒しちゃってたんだからさ」
 その一言が、電撃のように記憶を蘇らせる。
 そうだ、僕はエレナを……そして日向を……BLACK=OUTが殺せって……だから全部を委ねて……。
「うっ……ぐぅっ……あ……あぁっ!!!」
 蘇る痛み。
 肉体的なものじゃない、でもそれ以上に苦しい何か。
「だ……大丈夫? ムリしちゃダメだってば!」
 神林が、慌てて宮葉小路をベッドに押さえ付ける。
「和真は、マークスを看てる。……しばらくは、こっち来ないと思うから、落ち着いてよ」
 布団を掛け直しながら、神林は言った。
「あんたにね、話があるんだ」
「話……?」
「あいつには、言うなって言われてたんだけど……」
 躊躇うように、一瞬間を空けてから、神林は言った。
「あいつが……和真が、どうして戦ってるか」

 同じ頃。
 別の医務室で、マークスが目を覚ましていた。
「日向……さん……」
「目、覚めたか」
 一瞬ほっとしたような顔を見せると、日向はすぐに、元のぶっきらぼうに戻る。
「ごめん……なさい……」
 消え入りそうな声で。
 そう、マークスは呟いた。
「………………」
 日向は答えない。
 代わりに、つ、と立ち上がると、窓辺へと歩いていき、外を眺めている。
「………………」
 マークスも同じ。
 彼の背中を見つめるだけで、何も、しゃべれない。
 時間だけが、夜の病室に静かに満ちる。
「俺は……」
 不意に、日向が口を開いた。
「俺には、誰かを守ることなんか、出来ねぇから……」
「日向……さん……?」
 外は暗い。
 窓ガラスが室内の光を反射し、外を眺めている日向の顔が、映って見える。
 日向はその台詞を、耐えられないほど辛そうに漏らしたのだ。
「もう、10年も、前のことだ」

「ねぇ利君。メンタルフォーサーってさ、素質のある人間を指すわけだよね」
 神林が、突然話を振った。日向に関する話ではなかったのだろうか。
「まあ……BLACK=OUTがある程度強く、第三階層以上まで覚醒していれば誰でもメンタルフォーサーになりうるけど……訓練とかそういうのじゃ、能力は発露しないわけだから、本人の素質次第、ってことになるんじゃないか?」
 宮葉小路の答えを聞いた神林は、そうだよね、と相槌を打って、続けた。
「でも、和真には素質なんて無かった」
 悲しそうに。
 神林は、残酷な事実を口にする。
「あいつは、人の手によって作られたメンタルフォーサーだから」

 彼は、普通の子供だった。
 BLACK=OUTは、もちろん持っていたが、それも第四階層の奥深く。能力が発現するわけもなかったのだ。
 それは、日向に限らない。
  全ての人間がBLACK=OUTを持ちながら、発現するメンタルフォーサーなど数えるほどしかいない。故に、BLACK=OUTやメンタルフォースの研究 は、難航を極めたのだ。とりわけ、日本では欧米に比べ心理学が軽視されすぎている。長期に渡る研究を支える資金など、どこからでも捻出出来るものではな かった。
 そこで。
 あろうことか、ある研究者が、自分の子供のBLACK=OUTを人工的に覚醒させてしまったのだ。

「まさか、その子供が……」
「そ、日向和真……あいつよ」
 言葉も出ない。
 そんな非人道的な事が、実際に行われていたなんて。
「あいつを目覚めさせたのは、実の父親、日向伸宏博士ってわけ」

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